元受刑者の社会包摂は、循環型社会そしてイノベーションの原動力になるーー『刑務所と協働するソーシャル・イノベーション』カンファレンスレポート
2022年3月17日、法務省矯正局とPFI刑事施設を運営する実行委員会を中心に『刑務所と協働するソーシャル・イノベーション』と称するカンファレンスが行われました。 “刑務所や受刑者と共に何ができるかを考える”という企画そのものやディスカッションが「革新的な内容である」と評価されたこの有意義なイベントを、基調講演とインスピレーション・トークの内容を中心にレポートいたします。またこのイベントの企画の中心を担った株式会社インフォバーン 代表取締役会長・小林弘人からの解説も合わせてお届けいたします。
テーマは刑務所×ソーシャル・イノベーション。このカンファレンスが目指したものとは
この『刑務所と協働するソーシャル・イノベーション』というカンファレンスは、法務省矯正局とPFI刑事施設を運営する実行委員会からご依頼を受け、弊社インフォバーンおよび関係団体の一般社団法人MASHING UPが企画・制作として携わったものです(注:PFIとは、公共施設等の建設、維持管理、運営等を民間の資金やノウハウを活用して行う手法のこと)。
この企画および開催にあたっては、「パーパス経営」「ミッション・エコノミー」など、経済活動により公共的な課題を解決しいかに社会を豊かにするかという思想、そして公益性を伴うイノベーションの社会実装事例が増加していることが背景にあります。
その流れを受けた形で、本企画は刑務所と協働して受刑者の再犯防止や社会包摂と地方創生、また事業そのものや企業価値向上を果たしている企業や自治体が国内外に多数存在していることに注目。それが「再犯防止」「地域社会への貢献」といったことだけでなく、大きな「サーキュラー・エコノミー」を実現した「循環型社会」の達成への足がかりになるのではないかという想いから企画を立案いたしました。
当日はさまざまな登壇者により、PFI手法の実例を紹介する2つの基調講演と、多彩な分野の専門家が集う3つのインスピレーション・トーク、そしてワークショップなどを実施。いずれも「再犯防止」「地域社会への貢献」「循環型社会」の達成に焦点が当てられ、活発に意見が交わされました。
受刑者への包括的な支援が豊かな社会をもたらす【基調講演Part.1】
基調講演Part.1では、イギリスのリユース・リサイクル企業「Recycling Lives」代表のアラスデア・ジャクソン氏がビデオにて登壇。Recycling Livesが実践している刑務所との協働について語りました。
Recycling Livesは、地域で廃棄されたテレビ、パソコンなどを修理再生し、市場に還元しています。イングランド北西部にある7つの刑務所に作業場があり、受刑者へリサイクル技術を指導しながら、修理に必要な国家資格取得もサポート。さらに、出所後の就職支援も行っているそうです。
イギリスでも、元受刑者に対する偏見が社会復帰の障害になっているといいます。そこでジャクソン氏は「わたしたちの取り組みで大事なことは、彼らの権利擁護であり更生のための機会が得られるように代弁すること。もし刑務所や元受刑者と協働を考えているならば、刑務所の入所経験者の雇用を検討してください。それは受刑者にとって大きな“やる気の源”になるからです」と提言しました。
以前は中規模企業だったRecycling Liveですが、刑務所と協働して以来、年間100億ポンド(約1兆6000億円)を売り上げる企業へ。「人を助けるほどあなたは成長できるし、あなたが成長すればより多くの人を助けることができる」と刑務所・受刑者らと協働する意義を力強く語りました。
PFI刑務所と企業の協働には、地域の力が不可欠【基調講演Part.2】
基調講演Part.2は、民間の資金とアイデアやノウハウを活用したPFI刑務所と民間企業の協働という視点から、地方創生と刑務所の未来を考えました。
登壇者は、受刑者にECサイト運営の職業訓練を行っているヤフー株式会社の大野憲司さん、長きに渡りPFI事業と関わり社会貢献に取り組んできた株式会社大林組の歌代正さん、「美祢(みね)社会復帰促進センター」で広告制作の職業訓練を行う株式会社セイタロウデザインの山崎晴太郎さんの3名。ファシリテーターはPwCアドバイザリー合同会社の田頭亜里さんが務めました。
3名共通の意見は、「PFI刑務所と企業の協働は、地域の人との連携なしでは語れない、成り立たない」というもの。中でも15年前に「島根あさひ社会福祉促進センター」を誘致した歌代さんは、地域住民の“ある言葉”を引用し当時を振り返りました。
「経済の活性化もさることながら、『受刑者の方たちの更生に(自分たちも)関わりたい』とおっしゃったのが印象的でした。PFI刑務所は“地域とともに作る”施設。『我々がしっかりやらないと地元の方に申し訳ない』と思った記憶があります」と、地元と繋がる重要性を語りました。
刑務所との協働は実現できるのか? 多様な角度からディスカッション【インスピレーション・トーク】
基調講演後に行われたインスピレーション・トークは、刑務所との協働を目指す民間企業やスタートアップのヒントとなる貴重な場となりました。
インスピレーション・トーク1では、就労を通して社会参画を支援している2名が登壇。初の受刑者専門求人誌『Chance!!』を創刊した三宅晶子さんと、少年院内で学習支援事業を行う認定NPO法人「育て上げネット」の工藤啓さんが、「再犯防止を目指してわたしたちにできること」をテーマに対談しました。
「いい職場、人との出会いが重なれば再犯は防止できる。元受刑者を更生の道へ促すには、まずは、彼らへの“負のイメージ”を取り除くことが大切」と話す、三宅さん。さらに工藤さんは「知ることが大切なので、刑務所や少年院の話題をオープンに話し合いましょう」と訴えました。
インスピレーション・トーク2では、地域と刑務所のつなぎ役として期待が高まる“サーキュラーエコノミー”の専門家を2名招きました。熊本県・黒川温泉の「コンポストプロジェクト」で活動を同じくする、安居昭博さんと鴨志田純さんが登壇。「サーキュラーエコノミーが刑務所のあり方を変える?」をテーマに、快活なトークが展開されました。
「日本では食糧自給はもとより肥料が自給できていません。今後、肥料自給率を上げるためには、堆肥技術者の人材確保も必須。日本に堆肥技術者が5000人に1人いれば、国内で資源が循環できるのではないでしょうか」と鴨志田さん。
この話を受けた安居さんは「堆肥技術者の育成をPFI刑務所と連携して行えないか? 黒川温泉のコンポストプロジェクトと同様の取り組みが日本の各地域でできれば、日本全体の生ゴミが資源資材になるかもしれません」と、新たな可能性を語りました。
インスピレーション・トーク3は「ソーシャルイノベーションとお金の新しい流れ」をテーマに、刑務所と協働する際の資金調達について考えました。登壇者は「Zebras and Company」の田淵良敬さん。オンラインで登壇した田淵さんは、イギリスで始まった「ソーシャルインパクトボンド(SIB)」の活用を提案しました。
SIBとは、行政から民間企業へプロジェクトを委託する手法の一つです。成果に応じてインセンティブが支払われて、かつ投資家が入るので事業者のリスクが軽減されます。
「過去に再犯防止プロジェクトに関わったことがありますが、出所した後に『居場所がほしい』『仕事がほしい』『学びたい』というニーズがありました。これだけでコミュニティ事業、就職支援事業、教育プログラム事業などがイメージできます。人を必要としている業界はたくさんあるので、可能性は広がっていると思います」と、インスピレーション・トークを締め括りました。
現実味を帯びてきた「刑務所から始まるソーシャル・イノベーション」
このカンファレンスを振り返って、本企画の中心を担った株式会社インフォバーン代表取締役会長・CVOの小林弘人はこう語っています。
「もともとアメリカのワイナリーで模範囚や元受刑者が協働していた事例を知り、受刑者と再犯防止、また社会との繋がりについて考える機会がありました。そこで受刑者と企業が、社会課題解決の実践を目指すような『リビングラボとしての刑務所』があってもよいのではないか、という考えが芽生えてきました。実際海外ではそのような事例が多く、国内でもPFI刑務所の取り組みで実践されていることを知りました。この度、機会があってそのような『未来の刑務所』について多くの方々と共に考えるカンファレンスをご提案させていただきました。法務省、PFI刑務所の運営企業、支援者の方々とともに本カンファレンスに関われたことを大変嬉しく思っております。
この数年、インフォバーンではサーキュラー・エコノミー、生物多様性をイノベーションの中心軸に据えて、識者や実践家の方々とともに活動を行ってきました。そのなかで企業内イノベーターのためのラーニング&コミュニティ『GREEN SHIFT』での運営においては、思いもかけないパートナーとの偶発的な出会い、そしてその結合が新たなソリューションに繋がっていくという手応えを持ちました。刑務所は全国にあり、地域のハブになれる存在です。また、PFI刑務所はあまり多くの企業に知られているとは言い難いのですが、逆に企業の参画が増えることで多くの可能性を秘めていると感じました。道のりはまだ遠いと思いますが、今回のカンファレンスは、『受刑者の再犯防止と社会包摂』『社会課題解決』『地域との協創』を実現させるための重要な一歩になれば嬉しい限りです。
カンファレンス内のインスピレーション・トークはもちろん、それに続いたワークショップでもさまざまな意見やアイデアが生まれ、非常に熱気のあるものになりました。学識経験者、NPO団体、支援されている市民の方々にも発見があったとお聞きしました。また、初めて参加された方で刑務所に関する知識がなかった方にも『刑務所の見方が変わった』というコメントをいただき、自身や社会との接点を見出せたのではないかと考えています。これらの活動を通じ、3月には津島淳法務副大臣と加田裕之法務大臣政務官にも『ぜひ継続を』とのお言葉をいただきました。インフォバーンは今後もソーシャル・イノベーションを生み出すための素地づくりを含めて、培ってきた知見を活かしながら、より良い社会を創出するための活動を行います」
オンラインの力だけではなく、オフラインでも人と企業を巻き込んでいくことで実現への一歩となるソーシャル・イノベーション。インフォバーンは、事業・製品・サービスのデザイン、およびメディア運営ノウハウを生かしたコミュニケーションによるソーシャル・イノベーション実現のための支援を幅広く続けてまいります。