サービスデザインの力で、批判的に具体的に問題を解決する糸口を見つけてほしい|『サービスデザイン思考──「モノづくりから、コトづくりへ」をこえて』発刊記念インタビュー(前編)
2022年7月19日、インフォバーンの井登友一(写真右)が著書『サービスデザイン思考──「モノづくりから、コトづくりへ」をこえて』を上梓いたしました。その発刊を記念し、編集を務めたNTT出版の山田兼太郎氏(写真左)を迎えて対談を実施。「人文書とビジネス書の中間」を目指したという本書。発刊した背景や“サービスデザインとは何か”について語っていただきました。
「世界初・タテ書きのサービスデザイン本」を目指して
―――お二人の出会いなど、本書を発行するまでの経緯を教えてください。
井登友一(以下、井登):Service Design Networkという国際的なサービスデザインの実務家とアカデミアが集まるコミュニティの日本支部があり、僕も支部運営に携わっているんです。4年ぐらい前の年末、リクルートさんでそのService Design Networkのイベントがありまして、そこで、僕が5分ぐらいのライトニングトークをしたんですが、それが終わった後に山田さんに声をかけていただいたのが出会いでしたね。
山田兼太郎氏(以下、山田):ちょうど、僕が慶應義塾大学の武山政直先生の『サービスデザインの教科書:共創するビジネスのつくりかた』(NTT出版)という本を作った直後でした。とても面白い分野だと感じたので、さらに一般向けの書籍展開ができないかなと、新しい著者を探しているところでした。そのタイミングで井登さんがイベントでお話をされていたので、渡りに船という感じでお声がけしました。
井登さんにお声がけをした決め手は、語り口や視点が面白かったのと、何ていうのかな……(周りの人に)慕われてそうだな、と(笑)。いい印象だったので、まずは(本を)書きたいかどうかを伺ったというのが最初ですね。
井登:イベント後の懇親会で、単刀直入に「本を書いてみませんか?」と言っていただきました。「『サービスデザインの教科書』はできたので、専門家だけではなく一般的なビジネスパーソンが読んで実践できたり、参考にしたりするような一般書を書いてみませんか?」「タテ書きのサービスデザイン本はないから、おそらく世界初ですよ」と(笑)。最初はボリュームなども含めて、自分が単著で本を書くイメージができなくて、お返事をしていいのか迷いました。でも、書き続ける根拠も自信もなかったけれど、まだメジャーなテーマではないもので1冊の本を書かせてもらえるのはまたとない機会だと思い、「はい、やります」と。安請け合いをしました(笑)
副題の「こえて」に込めた想い
―――ITやWebの業界では「サービスデザイン」は注目されていると感じますが、一般的にはどうなのでしょうか?
井登:山田さんからも「サービスデザインとは何か」をデザインの専門家じゃない人もわかるように説明してほしいとリクエストされました。本の中でも書いていますが、サービスデザインという言葉を使ってしまうと、専門的ですごく特別な作法やデザイン技法のように思われてしまうんですが、サービスデザインが目指すところは、例えば、局所的な顧客のニーズに応える製品やサービスを作るとかではなく、より多くの関係者に対してメリットが分配されることです。
最近であれば、サステナブル、持続可能な状態で企業が運営され、顧客がメリットを受け続けられること。企業も収益があがり再投資ができて、雇用が生まれる。サービスデザインというのは、連関的に良くしていくことなんですよね。
だから、サービスデザインは今社会に求められていることとフィットすると思いますし、盛り上がりつつある、と言えると思います。
―――副題の”「モノづくりから、コトづくりへ」をこえて”を決められたのはどなたですか?
山田:僕です。ちょっと捻っているんですよね。
―――「モノづくりから、コトづくりへ」という風潮から、もっと踏み込もうというメッセージなのでしょうか?
山田:そうです。井登さんが本書で書かれたことがまさに「をこえて」という内容でしたので、ある意味、素直につけた副題ではあるんですが、素直にひねくれているというのが、本書が「人文書とビジネス書の中間」にあるといえる所以かもしれません、(笑)。
井登:僕が元々付けていたタイトルは、もうちょっと堅かった。でも、どちらともなく、まず、主題の「サービスデザイン思考」って言葉が出てきました。この言葉に対しても、実は反逆心がありまして……。
「デザイン思考という言葉が流行ったために、デザインという言葉が指し示す意味や、どのような活動を行うことなのか、という捉えられ方が、近年は矮小化されているような気がしていたんです。デザイン思考って、本来はデザイナーがものを考えるような、抽象度の高いものを抽象度の高いまま考え抜きつつ、具体化していく“実践”を指す言葉なのですが、手法論だけが注目されてしまっています。本来のデザイン思考が目指している実践をあまり扱わないまま、かなり極端に形式知化してしまった。
デザイン思考ってそんなものじゃないよっていう批判精神を個人的にずっと持ち続けていた想いもあり、あえてタイトルにデザイン思考を想起させるようなこの言葉をつけようと考えました。そんな流れで、副題の「をこえて」の一言をもらった時は、「いただいた!」と思いましたね(笑)
山田:社内では「え!?」という反応でした。「こえちゃうの?」「『モノづくりから、コトづくりへ』じゃないの?」みたいな(笑)。
井登:それはある意味、狙い通りです(笑)。
サービスデザインの根元的な考え方は、モノとコトを分けて考えません。目に見えて触れられる製品と、人との関わりあいや体験のようなことを分けずに考えるのが一番根っこにある。ところが昨今では「モノからコトへ」という言われ方が広く常識のように流布してしまいました。そのようなモノとコトを二分法的に都合よく分離して考えがちな風潮を、「モノからコトへ」を“こえて”として、発展的に批判したかった。
「やっぱりモノには意味がないんだね」というように言われて久しいですが、そこで思考が停止している風潮を少なからず感じます。でも、そんなことはないし、そういう視点を変えていきたいという気持ちもありました。
とはいえ、この本を自分の経験則や我田引水な考えばかりをもとにまとめ上げた“オレのアタシのデザイン論”にはしたくなかったんですよね。そのようなタイプの本はマーケティングや経営論の領域の実務家の方が書いた本にありがちです。だから、一般書ですがさまざまな文献を丁寧に引いたつもりです。「一般のビジネス実務の領域で様々な学術的な理論体系や歴史的背景をきちんと引きながら真摯にデザインを考えると、結果的に良い事業や価値を、お客様や社会に提案できるんだ」ということを、わかりやすく説明したいという思いがありました。
山田:そういう意味では、「サービスデザインをやってみたけどうまくいかなかった」という方が、この本で振り返ることもできるのではないかなと思っています。
デザインに必要な4つの能力
―――本書の序章に、イタリアのデザイン研究者であるエツィオ・マンズィーニさんの『「批判的思考能力」「創造性」「分析能力」「実践的思考」、これら4つの能力を使えれば皆デザイナーである』という言葉が取り上げられています。勇気づけられる一方で、実はハードルが高いのではないかとも感じます。一般のビジネスパーソンはデザインにどう取り組むべきだと思いますか?
井登:この言葉は、マンズィーニの『日々の政治 ソーシャルイノベーションをもたらすデザイン文化』(ビー・エヌ・エヌ新社)という本から引用しました。マンズィーニはデザイン能力とは、その能力を既に持っていることと、持っている能力を実行できることとはニュアンスが違い、その能力を発揮したり、できるようになろうと取り組む態度や姿勢があることだと言っています。
また、マンズィーニはデザインすることを歌うことに喩えているんですよね。下手なりに、誰でも歌は歌えるじゃないですか。音痴だろうが、訓練を積んでいくと上手くなる人も出てくるし、合唱を指揮できる人も出てくるかもしれないし、バンドの中で歌える人も出てくる。でも、必ずしも技能的に上手くなくても歌うことはみんなが楽しめる。
デザインも歌を歌うように、物事を批判的に捉えたり、解決できないことを違った視点から見る努力をしたり、それを形にしてみたりすること。上手くできるかできないかは、トレーニングや素養やアビリティによりますが、誰でもやることはできるんです。
かつ、実践がすごく重要で、繰り返しやっているとできるようになってくる人が少なくない。だから、まず実践してみるのが重要なのかなと思います。
実はサービスデザインの一番のミソは、この4つをあえて四分法と言いますけど、四分法で扱わないことなんです。物事を批判的に見ながら同時に具体化をしていくとか、具体化していく中で物事を批判的な側面から捉え直すチャンスを自分で作っていく。それについて分析的に見て、あるいは客観的に評価をして、今ある状態を明確化する。“優秀なデザイナー”は、4つのデザインケイパビリティをごちゃ混ぜにしてやっているんです。
リサーチをする中で仮説を作ったりもするし、仮説を作らないとリサーチをするリサーチクエスチョンやテーマが浮かんでこないし、分析的なことをしている時にも、浮かび上がるイメージをどう具体的に紐解いていくのか考えなければ駄目ですよね、この過程を不安がらずにずっとやり続けられる人が“優秀なデザイナー”なんだと思います。
「批判的思考能力」「創造性」「分析能力」「実践的思考」のケイパビリティを分けて考えすぎず、学びながら実践し続けると、習慣や癖になって自然と体に落ちてくるのではないでしょうか?
―――書籍の編集を担当された山田さんから見て、この実践方法には、広く一般に通じるものがあると感じられますか?
山田:なんとなくですが、「批判的思考能力」「創造性」「分析能力」「実践的思考」の4つの能力の中で2つに長けている人っていうのは、わりかしいる気がするんですよね。
「批判的思考能力」「創造性」は持っているけど、「分析能力」「実践的思考」は弱い人。「分析能力」「実践的思考」はあるけど、「批判的思考能力」「創造性」には欠ける人、みたいな。僕はそこの2つに分かれるのかなと感じていて……。人文系とビジネス系にはこの辺の溝があるような気がしていて、そこに橋を架けられないかなという想いはありますね。
他方、「みんながデザイナーである」という言葉には、いやいやと身を構えてしまう人もいると思います。ただ、僕はみんなが必ずしもうまく歌えるようになる必要はなくて、うまく歌える人の気持ちがわかったり、モノを作っている人たちのプロセスや作っている時の考え方や気持ちがわかるということも、重要だと思うんです。
いま僕たちが暮らす社会は、みんなできたものを発注することや消費することに慣れきってしまっていて、モノづくりを “自分の思い通りにすること”だと思っている人が多い気がします。ただ、モノを一緒につくるということの醍醐味は、お互いがお互いの想像を超えていくことだと思うんですよね。その楽しさや歓びを理解するためにも、デザインへの態度なるものを、理解してほしいなという願いはあります。
僕の仕事で言うと、本づくりのプロセスの中で個人的に一番面白いのが、装丁が出るタイミングなんですね。装丁家に「こういう内容なので、こんなイメージで作ってください」とお願いすると、予想外のものを出してくれる時があるんですね。この瞬間がたまらなく面白い。だから、専門家を信じて、ある程度の考え方を伝えたら任せる。そして、おおらかな気持ちで待つことが大事かなと思います。
井登:本当にそうですね。それがマンズィーニの言う“歌うこと”。下手だろうがやり続けているともっとうまく歌いたくなってくるし、きっと上手くなると信じています。
本の中では正しい方法論や取り組み方を解説的に書いている部分もあります。でも、本の内容を生真面目に覚えてやっていただくよりも、今のご商売や自分が担当している仕事、企業の製品開発や販売などにおいて行き詰まりがちなことを抱えているならば、批判的に具体的に解決する糸口を、この本で見つけていただけたらいいなと思っています。
「緑のサービスデザイン本」として、親しまれてほしい
この日、山田氏が『サービスデザイン思考──「モノづくりから、コトづくりへ」をこえて』のサンプルを持参され、取材現場のスタッフ全員が大盛り上がりでした。井登は「“緑のサービスデザイン本 ”という感じで、この本がサービスデザインの“記号”になってくれたら嬉しい」と満面の笑みで一言。
後編では、本著で内で語られているサービスデザイン論と、インフォバーンの今後の展開についても、井登に話を聞いていきます。
(後編へ)
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