「お客様は神様だ」では感動を与えられない。「贈り物をする」ような価値提供を!【「未来創造サロン」レポート】
2023年3月16日に、一般財団法人関西情報センター主催のオンライン・イベント「未来創造サロン」の第4回が開催され、ゲストスピーカーとして株式会社インフォバーン代表取締役副社長・井登友一が登壇しました。
タイトルは「「Happiness」が求められる時代のビジネスをつくるサービスデザイン思考」。「ハピネス・ドリブン・エコノミー」を中心に据えた同イベントのテーマのもと、井登はサービスデザインの視点や実践を通じて、「顧客にとっての幸せ」を探る議論を展開しました。
※読みやすさを考慮し、発言の内容を編集しております。
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「顧客中心」であれば正解なのか?
今日はこの「未来創造サロン」で提唱されている「ハピネス・ドリブン・エコノミー」という概念に、私が専門としているデザインという領域を掛け合わせたときに、どんな話題提供ができるかをいろいろと考えてきました。
新卒から24~5年ですから、私は約四半世紀にわたってデザイン実務の仕事をしています。「デザイン」と言いましても、昨今その対象は広がってきていまして、色・モノといった形あるものをデザインする時代から、形のないものも対象になったり、「デザイン思考」という言葉がビジネスの領域でも普及・浸透してきていたりします。
日本において、「サービスデザイン」という概念はまだまだ普及していませんが、「UXデザイン」「経験をデザインする」なんて言葉を使うと、少し耳馴染みがある方もいらっしゃるんじゃないでしょうか。私はそういった領域のデザインを専門にしています。
去年の7月には『サービスデザイン思考――「モノづくりから、コトづくりへ」をこえて』(NTT出版)というタイトルの本も出版いたしました。今日は本の中身の話はしませんけども、この本をなぜ書こうと思ったかというきっかけから、本題に入っていきたいと思います。
もちろん、出版社の方から「本を書いてみないか」とチャンスをいただいたからではあるんですが、もともと自分の中で溜めていた問題意識があったんですね。
近代的なデザインの常識として、「ユーザーを中心に考えること」があります。これはもちろん一面では正しいことなんですけれども、長くデザインの仕事をしている中で「果たしてユーザー中心であることだけが、すべての正解なのか」という疑問を抱くようになりました。
今ある製品やサービスをよりユーザー中心なものにしていく。より顧客のニーズに応え、抱えている問題を解決するものに、改良・改善していく。当たり前のことですけど、実務家としてデザインの仕事をしていると、ユーザー中心だけでは、顧客が他社と比べてわざわざその企業の製品を選んでくれるわけではない、という時代の変化をヒシヒシと感じていました。
つまり、顧客のニーズにだけ応えていても、顧客は熱狂的に自社の製品やサービスを、他社と比べて愛してはくれないというふうになってきているんです。この問題意識のさらに先にあるのは、顧客中心であることは大事なんだけれども、それだけで「顧客が幸せになってくれるのか」っていうことなんですね。
「経験価値」が経済における支配的価値の主体となった
さて、こういった僕の問題意識から、顧客の幸せを実現する「経験価値」についてお話をしていきます。
みなさんのなかにも、「顧客に選ばれる製品/サービスをつくるには、良い経験価値を提供する必要がある」なんてことを耳にされた方は多いのではないでしょうか。かなり一般的に、この「経験価値」という言葉は普及していますよね。あるいは「ユーザーエクスペリエンス(UX)」という言葉も世間に浸透しています。
では、いつごろから、この「経験価値」「UX」という言葉が広がり始めたのかというと、ある程度はっきりしていまして、1999年に2冊の本が出版されたところからだと言われています。
一つは、『The Experience Economy』という本で、邦訳書はそのものずばりの直訳で『経験経済』というタイトルで出ています(※1)。これはパインとギルモアという二人のマーケティング・コンサルタントが書いた本です。
この本の内容を要約すると、これまでの市場における競争優位性は、モノそのものの価値によって決まってきた。ところが、多くのモノは機能的に十分になっていって、機能の差別化だけでは市場において競争優位性を発揮できなくなった。そうなるとこれからの時代には、モノそのものではなく、モノを通して得られる意味によってもたらされる特別な経験にこそ価値が宿り、それが競争優位性になる。そんなふうに、この本では書いてるんですね。
もう1冊は、『Experiential Marketing』です。この本も『経験価値マーケティング』というタイトルで邦訳書が出ています(※2)。この本はシュミットというビジネススクールの教授が書いた本で、先ほどのギルモア/パインと同じようなことを、マーケティングにおいて言及しています。
市場やマーケティングにおける価値のパラダイムシフトを提唱した本が出たのが、くしくも同じ1999年だったわけです。つまり、1990年代から2000年代に移り変わる年が、「モノからコトへ」という今となっては当たり前になった考えの幕開けになった時期なんです。
その背景には、どんどんどんどん贅沢になっていく社会があります。そこから時代はさらに進んでいますよね。
よく「お客様のお困りごとを見つけるんだ」「それを解消する製品を考えるんだ」という言い方を企業の方はされますよね。ただ、その困りごとを解決すれば、顧客は自分にとって特別な意味を持った経験価値を享受できたと感じてくれるのか。もうそこを疑ってかからないといけない時代になっているんです。
※1 日本版は2000年に流通科学大学出版から刊行。2005年にはダイヤモンド社から新訳版が刊行。
※2 日本版は2000年にダイヤモンド社から刊行。
全米No.1にまで空港利用満足度を高めた仕掛けとは?
ここで一つ事例をお話したいと思います。
みなさんは、おそらく空港を利用した経験がありますよね。インフォバーンのデザインチームは、空港会社との仕事の経験があります。空港会社にとって「SKYTRAX」というちょっと怖い存在がありまして、これは通称「空港界のミシュラン」とも呼ばれている、全世界の空港を格付けする機関です。
空港会社としては当然、格付けが高いほうが信用が上がるので、躍起になって格付けを上げようといろんな工夫をするわけです。この格付けには、商業フロアの部門とか、飛行機に乗るまでのオンボーディングの部門とか、さまざまな部門がありまして、その一つに飛行機を降りてから空港を出るまでの満足度を評価する部門があります。
10年くらい前に、テキサスにあるヒューストン空港――正式名称はジョージ・ブッシュ・インターコンチネンタル空港――が、ある改良・改善をすることで、この部門の全米での順位をグッと1位にまで上げました。
何をしたかというと、飛行機の発着ゲートから、預け入れ荷物をピックアップするバゲージクレームという場所まで、空港内に道のりがありますよね。その導線の設計をリニューアルしたんですよ。
それでは、どういう道のりにデザインし直したのでしょうか?
常識的に考えたら、最短距離にしますよね。見通しがよく、わかりやすくて迷わず進めて、早く着く。誰でもそう考えると思います。ところが、ヒューストン空港は違ったアプローチでリニューアルしました。
むしろ距離を約2倍に延ばしたんです。しかも、比較的見通しの良い1本道でスッと行けるようにできていたのに、わざわざ空港内を大きく迂回するような、ウニャウニャさせる導線に変えました。
わざわざ遠くして時間がかかるようにするって、「いつ着くねん」とか文句が出そうなアカンことですよね。なのに、結果的には、空港利用客の満足度は高まったんです。なぜそんなことをしたと思いますか??
実は「時間稼ぎ」をしたんです。
空港に着いて乗客が降りてくる間に、積まれている荷物を職員さんが降ろしてカートで運んで、バックヤードから荷物をバゲージクレームに載せていくわけですけど、それまでには当然、時間がかかるわけです。
小さな空港でゲートから出て、バゲージクレームまですぐに着けたのはよいんだけど、荷物が延々と出てこない……そんな経験はありませんか。すぐに着けると逆に、荷物が延々出てこない体験、ひたすら待つしかない時間を乗客は過ごすわけです。
ヒューストン空港はそれを防ぐために、リニューアルすることで時間稼ぎをしたんですね。乗客の中には、「やたら時間がかかるな~」「遠いねん、いつ着くねん」って文句を言う人もいるかもしれません。でも、バゲージクレームに着くころにはもう荷物が回り始めています。
そうすると人間、不思議なもんで、「あっ、荷物がもう出てるわ」「私の荷物は、あー、あったあった」ってピックアップして空港を出られると、トータルな経験としては「すんなり空港を出られたな」と感じるんですよね。
ここで誤解してほしくないのは、単に逆張りで考えて、あえて不便にすればいいと言ってるわけじゃないということです。ヒューストン空港にとっても、いろんな解決方法があったと思います。たとえば、職員の数を増やして運搬の時間を短縮する方法もあったかもしれませんし、最新のITによるトラッキングシステムを導入して手続きを簡略化する方法もあったかもしれません。
そのなかでヒューストン空港は、おそらくその当時最もリーズナブルな方法を選んだのではないでしょうか。投資できるお金や時間、顧客の体験を考えたときに、実現可能なバランスの良い解決方法が、この場合は「時間稼ぎをする」っていう少しアクロバティックな方法だったっていうだけの話なんです。
もう1点、重要なのは、良い経験価値って一つじゃないし、一人の人間の中でも固定されていないものだということです。ヒューストン空港の例でも、歩くのがとにかく苦痛で、ずっと待つほうがマシという人もいるかもしれません。そのときの体調によっても変わるかもしれません。つまり、価値は変動するんですね。
この価値を決めるもののことを、デザインの世界では「コンテクスト」という言葉で表現します。日本語だと「文脈」とよく訳されますが、平たく言うと「時と場合による」っていうやつですね。
時と場合、状況や環境、そのときの自分に関わるいろんなモード、そうした「コンテクスト」によって価値は変化していく。この変化する価値を提案していくことが、企業が製品やサービスを通して、顧客にとってのその都度、都度における良い経験を提案していくことになるわけです。
「意味のイノベーション」という道
では、この「価値を提案する」ということが、どんなことかをちょっと話します。
ミラノ工科大学で研究していたロベルト・ベルガンティという人が、「意味のイノベーション」というものを提唱しています(※参考:『突破するデザイン』2017年6月/日経BP)。ある製品がかつて持っていた意味を、新しい意味に革新していくことによって、その製品に新しい命を吹き込んでいく、というイノベーションの形です。
ロベルト・ベルガンティが「意味のイノベーション」の事例として紹介したのが、ロウソクです。実はロウソクって、95年ごろから2000年あたりにかけて欧米市場における出荷量が急増しているんです。ロウソクの製品としての機能的役割は、暗い空間を「明るくする」というものですよね。ですので、電気が普及したら、自ずとロウソクっていう製品が使われる範囲は、災害時とか祭礼用とかに限られてきます。
ところが、ある一定期間にロウソクの出荷量が急増した背景には、この数年の間の社会の変化によって、消費者にとってのロウソクの意味がグンと変化したことがあるんです。90年代の半ばから2000年代にかけて起きた社会の変化とは、端的に言えばITの進化とインターネットの急速な普及によって、人々や社会がめちゃくちゃ忙しくなったことです。携帯電話や電子メール、最近ではスマートフォンの急速な浸透のおかげで便利になった反面、私たちは常に情報に追いかけられ、気が休まる暇もないような生活を強いられるようになりましたよね。
そのような目まぐるしく忙しい時代になると、家に帰ってゆっくりしたいというときに、人々は暗い部屋を電気で煌々と明るくするんじゃなくて、ロウソクの柔らかい光で暗い空間を演出し、一人でホッと息をつく。もしくは家族や大事な人と過ごす時間を、ロウソクによって親密な空間に演出することで、リラックスする。そういうふうに、ロウソクの使われ方が大きく変化したわけです。
つまり、かつてのような照明器具としての役割から、リラックスして過ごすための空間演出のためのツールとしての役割に、意味が大きく転換したんです。
機能的には成熟しきっていると見られている製品領域においてすら、意味を革新していくことによって新たな価値を提案できることを、もはや技術的には改良の余地が少ないと思われがちなロウソクを例に示したわけです。
この「意味のイノベーション」というのは、ある意味で、顧客をより良い状態に、幸せな気持ちにしていくことです。単に欲しいものを提供するのではなく、新しく欲しいものが見つかるような提案をしながら、自社の製品やサービスを革新していく。
ベルガンティは、「意味のイノベーション」を語るうえで、こんなことを言っています。
デザイナーやマーケター、企業の製品開発担当者というのは、ついつい「ユーザーはニーズを持っている、ユーザーは問題を抱えている、そのニーズや問題を見つけていくんだ」っていうことばかりを考えてしまう。だから、ユーザーを一人の人間としてではなく、「歩く問題とニーズ」として捉えてしまう。それだと、問題とニーズは解決できるかもしれないけど、人々を幸せにすることはできない。
彼が強調するのは、「人々は生まれ落ちた瞬間に、ユーザーとして生まれているわけではない」ということなんです。それなのに企業はなんでも合理的に考えて、本来は幸せになるために生まれてきている人々を、問題とニーズを抱えた「ユーザー」という記号的な存在に見てしまいます。
だから、べルガンティーは、意味のイノベーションを提案していこうとするなら、贈り物をつくるように考えるべきだと言うんです。大事なポイントの一つは、贈り物を贈る相手を本当に幸せにしたいと心から願うのであれば、その人に何が欲しいか聞いてはいけないということです。
なぜなら、何が欲しいかを聞いて、希望通りのものを贈ったら、相手はすごく喜んでくれるかもしれない。しかし、その人自身は何も変わりません。その人の成長、進化、新しい何かとの出会いに、贈り物をする側としては何も貢献できない。それでは、相手を本当に幸せにはできないのです。
だから、最初はわかってくれないかもしれないし、理解してくれないかもしれない、場合によっては喜ぶどころか不満を感じるかもしれないけど、その相手がいずれ新しい自分の人生、より良い人生を見つけるための手がかりになるようなものを、必死に考えて勇気を持って提案するんだ、と言ってます。
そうしないと、顧客にとっての「特別な存在」にはなれない。「御社も頑張っているし、A社もB社も頑張っている。どの製品もいいよね」では、「あとは値段で選びます」「たまたま欲しいと思ったときに手に入ったので買いました」としかならない。これだと、企業と顧客との関係も変わっていきません。
サービスデザインも同じく、単純な顧客のニーズのみを捉えるのではなくて、「何が贈り物になりうるのか」ということを探索していくなかで、それを見いだし、製品やサービスを考えていくんです。それがサービスデザインの根っこの概念だと思っていただければと思います。