「五島列島」に恋した編集者、ゼロから事業を興す【鈴木円香対談1/3】
2023年2月14日に、一般社団法人みつめる旅・代表理事の鈴木円香さんをお招きして、弊社代表取締役会長(CVO)・小林弘人との対談を実施いたしました。
鈴木さんは朝日新聞出版、ダイヤモンド社と大手の出版社で書籍編集者としてキャリアを積まれ、独立後も東京でWebメディアなどの編集者として働かれています。そんな鈴木さんが、2019年に仲間と立ち上げられたのが「一般社団法人みつめる旅」。長崎県の五島列島を舞台に、ワーケーション事業や関係人口創出プログラムを展開する団体で、鈴木さんは代表理事の一人として、東京で仕事も続けながら、五島のために尽力されています。
なぜ東京の編集者だった鈴木さんは、なぜ国境の離島である五島に惹かれたのか。五島のどこに可能性を感じられたのか。官民協働による社会課題解決を目指す「GREEN SHIFT」プログラムなどを推進している小林が、鈴木さんからお話をうかがいました(第1回/全3回、第2回はこちら、第3回はこちら)。
※読みやすさを考慮し、発言の内容を編集しております。
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五島列島に魅せられて…「みつめる旅」を設立
小林弘人(以下、小林):とても素敵な、今までずっとお話をしたかったお相手の方をお招きしております。鈴木円香さんです。どうぞよろしくお願いいたします。
鈴木円香(以下、鈴木):よろしくお願いいたします。本当に楽しみです。
小林:鈴木円香さんは、五島列島の関係人口づくりにご尽力されております。
われわれインフォバーンの関連会社であるメディア・ジーンで、『ビジネス インサイダー ジャパン』というメディアを展開していまして、そこが4年前に五島列島での「リモートワーク実証実験(※1)」を行ったんですね。
実際にワーケーション(※2)のプログラムを組んで、編集部員も現地に行ってレポートしたことがありまして、そこでも鈴木さんとお付き合いさせていただきました。それでは、鈴木さんから自己紹介をしていただけるでしょうか。
鈴木:はい。手短かに私の自己紹介をさせていただきます。私は元々は、小林さんと同じく編集者をやっていて、大学卒業後、朝日新聞出版とダイヤモンド社というところで、ずっと一貫してビジネス書をつくっていました。そこから2016年に、私の子どもが1歳になるタイミングで独立して、Webメディアの『ウートピ』で編集長をしたり、テレビコメンテーターのお仕事をいただいたり、企業から「ブランディング周りのお手伝いしてください」と声がかかるたびに引き受けたりと、いろんなことをやってきました。
五島との関わりでは、2018年から長崎県五島列島の中の五島市というところで活動をずっと続けています。五島列島については、詳しくはご存じない方も多いと思いますが、島の数は列島全体でだいたい150ありまして、人口は6万ほど、五島市に限ると3万3000人ほどになります。よく「東京から行くにはだいぶ遠いんでしょう?」と言われますが、実は案外近くて、羽田空港から福岡か長崎を経由してだいたい3時間程度です。
景色がものすごくキレイで、「恋に落ちた」という言葉が適切な表現かなというくらい、私は五島に魅せられて、本当に好きになって、いろいろと活動しています。そのきっかけは、2017年に家族旅行で訪れたところからです。このときは2週間ぐらい過ごして、そのあとに五島のフォトブックをつくりました。それを2018年5月10日の「五島の日」に出版しまして、そこからいろんなご縁をいただくなかで、仲間と一緒に「一般社団法人みつめる旅」という団体を立ち上げました。
よく「五島に住んでるの?」「移住したの?」って間違われるんですけど、普段は引き続き8歳になった娘と夫と東京に住んでいます。旅行ベースで最初は関わって、だんだん出張ベースになって、まだ実現していないんですけれども、ゆくゆくは二拠点生活をしたいなって感じですね。
「一般社団法人みつめる旅」に関しても、詳しくご説明させていただくと、私以外にも3人の代表理事がおりまして、4人とも首都圏でビジネスパーソンとして働きながら、副業で「みつめる旅」を立ち上げて活動しています。私はメディアの人間ですけど、経営コンサルタントの者もいますし、IT企業の者もいますし、広報・PRの者もいます。4人がまったく違う専門性を持って活動している集団です。
五島でやってることとしては、1つ目がワーケーションの企画運営。これは今までに6つ企画をして、本当にたくさんの方々が来てくださいました。特徴としては、行政主催のイベントとして、私たちが委託される形でやっているので、たとえば真夏以外の観光閑散期に人をしっかり呼んで、お金を落としていただくような仕組みをつくっています。その結果、委託費の2~3倍の経済効果をつくれまして、今年は5倍を目標に挑戦しています。
2つ目に、レジデンスをつくっています。五島でホテル経営をしている大手デベロッパー出身の兄弟がいて、その兄弟と3人で進めているプロジェクトですね。5世帯6人だけの限界集落があるんですけれども、そこにボロボロに打ち捨てられていた廃校を、建築家の中村好文(※3)さんを起用して、改修して、レジデンスをつくりました。天井の色を塗り直すとか、まだやることはあるんですけど、3月オープン予定で準備を進めています(※対談の2023年2月14日時点)。
小林:本当にもうすぐですね。
鈴木:そうなんです、瀬戸際ですね(笑)。3つ目が、これはどうなるかわからないんですが、実は草刈アプリをつくってまして(笑)。先ほどのレジデンスはもともと学校だったので、広い校庭があって、そこにどうしても草がめちゃくちゃ生えちゃうんですよね。
だから、私は行くたびに近所の人と草刈りするんですけど、草刈りってすごく気持ちよくて。汗も大量にかくし、やればやるだけ目に見えて成果が出る。こんなに心身ともに気持ちよくなれる作業って、なかなかないなと思ったんです。それで、自分みたいなビジネスパーソンでも、たまに来て草刈りをやりたいっていう人はいるんじゃないかと。
五島は高齢化が進んでいて、みんな草刈りをする体力も、代わりに頼む人手もないので、草刈りを手伝ってほしい人と、手伝いたい人をマッチングするアプリをつくろうと考えました。たぶんユニーク・ユーザー数100人とかのちっちゃいアプリになって、ビジネスとしてはまったくペイしないので、私が自分でコツコツコードを書いてつくっているところです。
小林:ご自身で? Xcode(※4)で?
鈴木:はい。SWIFTっていう言語シフトを使って、Xcodeでコツコツやってますね。これはたぶん来年9月くらいにリリースする予定です。
小林:ありがとうございます。この草刈アプリは、Xcodeでつくられているなら、Apple Watchとか広がりがあるので、展開が楽しみですね。
鈴木:まだ、どうなるかわかりませんね(笑)。めちゃくちゃ難しいです。
小林:他にコードを書くのを手伝っている方はいらっしゃらないんですか?
鈴木:私はコーディングについてはズブの素人なので、知り合いのめっちゃくちゃ切れ者の理系女子大生がメンターについてくれて、彼女と二人三脚でつくっていますね。
小林:ああ、そうなんですね。いやぁ、全部すごいな。
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※1 リモートワーク実証実験
「ビジネス インサイダー ジャパン」主催第2弾として、五島市後援で2019年5月7日~6月7日に開催したワーケーション・イベント。募集定員の5倍を超える応募があり、最終的に63人が参加した。レポート記事はこちら https://www.businessinsider.jp/post-188802
※2 ワーケーション
「Work」+「Vacation」を合わせた言葉。旅先などで仕事をしながら休暇を取るワーク・スタイルで、2017年ごろから日本国内でも導入が進んでいる。
※3 中村好文
1948年生まれの建築家。吉村順三設計事務所などに勤務したのち、設計事務所「レミングハウス」を主宰。住宅建築を中心に数多くの名建築を手がける。
※4 Xcode
Apple社が開発・提供しているアプリ開発ツール。無料で配布されており、Apple製端末などで使用するアプリを作成するために使用できる。
地元写真家との偶然の出会いから始まった
小林:先ほどちょっとお話があったフォトブックを今日はお持ちいただいたんですが、本当にすごく素敵な写真集なんです。全部カラーなんですけど、すごく印刷の質も高くて、お金がかかってそうですね。この制作もご自身で全部やったんですか? もちろん、写真家の方が撮られたものでしょうけど、中のテキスト、ページネーションや企画みたいなところはご自身で?
鈴木:そうですね。結局は自分でやりましたね(笑)。
小林:この写真家の方とは、元々お知り合いだったのでしょうか。
鈴木:それはもう、本当に偶然で。廣瀬健司さんという五島生まれ、五島育ちの写真家さんなんですけど、彼と出会わなかったら、私はこんなに五島に入れ込むこともなかったと思いますね。
どうやって出会ったかというと、初めに家族で旅行に行った際に、たまたま五島に移住していた編集者時代の知り合いがいたんですよ。その彼女から、「五島って、自転車に乗るみたいに、みんな船に乗るから、船舶免許を取ろうかな~」「円香ちゃんも一緒に取ろうよ!」って言われて、私も「取る取る」とか言って、船舶免許の試験を受けるために、その何ヶ月後かにまた五島に行ったんです。
そのときに、試験場でブイを浮かべたりしている、アルバイトのおじいちゃんがいたんですよ。その前にすごく素敵な写真作品をたまたまカフェで見つけていて、「撮影者として名前があった廣瀬健司って人と同姓同名じゃん!?」と思ったら、まさにその人で。廣瀬さんは、本当に素晴らしい写真を撮るんです。だから、五島のためにというより、最初はその感動から、「この人をデビューさせたい」いう想いでフォトブックをつくった感じがありますね。
小林:なんと!? 現地で、とはすごいキャスティングですね。これは一般書店の販路で販売されたんですか?
鈴木:いえ、基本的にはクラウドファンディングでつくって、そのあとは五島の中の15店舗くらいに卸して売りました。都内では代官山のTSUTAYAと池袋の丸善・ジュンク堂の2店舗だけに置いて、あとはまったく流通には乗せなかったですね。東京と五島で卸値も変えて、東京には高く卸して、五島には安く卸してみたいな。
小林:ものすごく詩的な雰囲気ですね。見出しなども含めて、これもすべて鈴木さんの手によるもの?
鈴木:そうですね。五島列島は禁教の時代から複雑な時代がありまして、侵攻の歴史といいますか。たくさんの犠牲者もいる血なまぐさい歴史もありながら、今はとても素敵な風景で、たくさん新しい移住者も来て、みんなが楽しく暮らしている。
その2つの世界が一緒にあるというのが、五島の面白いところだと思ったので、それをなんとか自然に伝わるようにと、コピーをずいぶん考えましたね。最初から最後まで読んでいただくと、実は一編の詩になるように見出しを構成しています。
小林:海の透明感といい、降るような星の美しさといい、すごいですね。五島の言葉についてはどうなんですか。方言がすごくて聞き取れないとか、そういう感じはないのでしょうか?
鈴木:おじいちゃん、おばあちゃんが言ってることを聞き取るのは、かなり難しいです。
小林:でも、若い人たちだと、そんなこともなくっていう感じなんですね。
鈴木:大丈夫ですね。
新たなワークスタイル「ワーケーション」
小林:それで、この写真集が注目を集めたことで、ワーケーション事業に入っていったそうですけど、反響というのはいかがでしたか?
鈴木:これがまさに、『ビジネス インサイダー ジャパン』の当時の編集長だった浜田敬子さん(※5)の目に留まったんです。それが大きかったですね。
小林:そこで浜田さんから企画が持ちかけられたことで、ワーケーション事業を開始した?
鈴木:そうですね。浜田さんはもともと『AERA』(朝日新聞出版の雑誌)で働かれていたんですが、紙媒体からWeb媒体に移られたことで働き方も大きく変わられて、ちょうど彼女自身が東京での働き方に悩んでいた時期でもあったようです。
そのなかで「リモートワーク実証実験」という企画を、東京から遠く離れた五島という離島でやってみようということで、のちのわれわれのワーケーション事業の前身となるような、1回きりのイベントをやったのが最初ですね。
小林:なるほど。鈴木さんとしては、その「ワーケーション」というコンセプトに対して、初めはどう感じましたか?
鈴木:その企画主旨と同じことは思っていましたね。「今はパソコン1台あったら、リモートでも仕事はできるよね」ということは、自分自身もすごく実感していたことでした。当時は2019年だったので、コロナ禍の前でしたけど、私は2016年に独立しているんですよ。
私もずっと紙のメディアで仕事をしていたところから、初めてWebメディアの編集長になったときに、出社は週1回にしぼって、SlackとTrello(トレロ)というツールを使ってコミュニケーションや進行管理をやっていたので。そんな保育園と自宅とスーパーを往復するような生活をしていて、心地良かったというか、そうでもないと仕事が回せないくらいの日常を送っていたので、リモートワークありきの働き方は、自分の中にもインストールされていたんです。
だから、「こういう働き方がもっと世の中で広がっていったほうが、みんな働きやすいよね」という実感が、コロナ禍前からあったので、「ワーケーション」という話が来たときにも、「当然その流れだよね」とは思っていましたね。
小林:すでに本人がリモートワークを実践されていたんですね。このワークケーション・プログラムでは、山口周さん(※6)も来られたそうですね。
鈴木:そうですね。最初の「リモートワーク実証実験」で山口周さんに来ていただいて、その後のツアーも何度か一緒にやりましたね。
小林:そこから口コミが広がって、今では「行くなら五島列島」みたいな感じになってきたかと思うんですけれど、やっぱりこの数年を振り返って、コロナ前は浸透していなかったワーケーションも、今では普通のことになってきていますよね。活動自体がやりやすくなったりとか、あるいは新たな課題が見えてきたりとか、変遷として何かお感じになられてることはありますか?
鈴木:それはもう当時では信じられないくらい、すごく変わったなと思います。2019年時点では、ワーケーションはやっぱりすごくニッチな働き方でしたよね。本当にアーリーアダプター、一部の人しかやらないものでした。だからこそ、『ビジネス インサイダー ジャパン』みたいな尖ったメディアの読者に当時響いたってのがあると思います。
でも、そこからコロナ禍でガラッと変わって、参加者としてもフリーランスと会社員の割合が逆転したし、会社の許可取ってくる会社員の方が増えて、かなりの割合になりました。参加者が所属する業界としても、最初はIT業界やメディア業界の方が90%だったんですけど、今ではメーカーだったり、コンサルだったりの方が、来てくださっていますね。
今ある課題としては、私たちのイベントの参加者って、ほぼみんな個人の判断で来てくれているんですよ。会社から研修としてお金をもらってとか、会社から出張費や旅費が出てっていう人はほぼいないんですよね。それを見ていると、会社のバックアップがもうちょっとあったほうがいいと思うんですけど、おそらくまだ企業のみなさんの腰は重いんだなっていうのは思いますね。
小林:腰が重いのもそうですけど、ニューノーマル・スタイルを推し進めるうえで、たとえばイーロン・マスク(※7)みたいに、「全員出社しろ」と主張する経営者もいますし、だんだん「働き方を元に戻していこう」という流れも出てきていますね。
ただ僕は、一度インストールされてしまったものは、もうあんまり戻らないんじゃないかなと思うんですよね。二拠点生活やリモートワークというのを、多くの人がもう実際にやってしまっているので。
鈴木:もう戻れないですよね(笑)。
小林:上から「9時-17時で会社にいろ!」「毎日来いよ!」って言われても、もうちょっと厳しいですよね(笑)。だから、もう少し弾力的な働き方にはなっていくんじゃないかなとは思いますね。
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※5 浜田敬子
ジャーナリスト。朝日新聞社に入社後、『AERA』編集長などを経て『ビジネス インサイダー ジャパン』統括編集長に就任。退任後はフリーランスとして活動中。
※6 山口周
1970年生まれの著作家、独立研究者。電通、ボストン コンサルティング グループなどを経て独立。『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』など著書多数。
※7 イーロン・マスク
アメリカの起業家で、PayPalやテスラを設立。2022年10月末にTwitter社を買収してCEOに就任して以降、大量リストラや全社員への強制出社令の断行などで、たびたび話題になる。