組織におけるデザイン人材育成の今とこの先【インフォバーン×コンセント共催イベント】レポート
産業構造の変化を背景に、ビジネスにおいて「デザイン」が重視されるようになり、多くの企業で「デザイン人材育成」のための取り組みが行われています。しかし、同時に「デザイン研修の効果を感じられない」「育成しても実務に活用できていない」といった声も聞かれます。
そうした疑問や課題感を抱かれている方々に実践的なヒントを提供するべく、株式会社コンセントと株式会社インフォバーンの共催で、2024年6月4日にイベントを開催しました。まずコンセント・長谷川敦士さんとインフォバーン・井登友一が、デザイン人材育成の背景を整理したうえで、アビームコンサルティング株式会社(以下、アビーム)とトヨタ自動車株式会社(以下、トヨタ)よりお迎えしたゲストスピーカーが、自社の取り組みをご紹介。最後にパネル・ディスカッションを通じて、育成に向けた課題や展望を語り合いました。
なぜ今、「デザイン人材」がビジネスで求められているのか?
キーノートセッションとして、インフォバーン取締役副社長の井登友一と、コンセント代表取締役社長の長谷川敦士さんが登壇し、いま多くの企業に「デザイン人材」が求められている背景についての解説がなされました。
現代は、変動性(Volatility)、不確実性(Uncertainty)、複雑性(Complexity)、曖昧性(Ambiguity)が増大した「VUCA」と称される時代にあります。そこで企業が直面している課題は、解決が容易な「単純な問題」ではないことはもちろん、難しくても正解を見つけ出せる「複雑な問題」とも異なります。「厄介な問題」と言われる、解き方がわからず、そもそも客観的な正解があるのかすら不明な課題が、その多くを占めています。
「厄介な問題」の例として、長谷川さんはUberを挙げます。アメリカ・カリフォルニア州サンフランシスコで生まれたこのライドシェア・サービスは、瞬く間に流行し、人々の交通利便性を大いに向上させました。しかし、サンフランシスコでは、排気ガスや渋滞の問題が顕在化しているうえに、公共交通機関の利用客の減少にともなう運行本数の減便によって、Uberを利用できない貧困層の交通利便性を損なう事態が生じているそうです。
こうした新たなソリューションを提示したとしても、それが結果的に正しいかわからない課題に対し、有効なのが「デザインの力」を援用することです。これまでの仮説⇒実行を繰り返すことがビジネスの成功につながっていた時代から、現代はその仮説すら見つけ出しにくい時代。「とりあえずやってみて、仮説を発見すること」を重要視するデザインの発想が、今の社会では広く求められている、と長谷川さんは言います。
ゴールにいたる最短距離をプランニングする、いわば「MBA的な方程式」が通用しない時代になったことで、それとは異なる発想=デザイン思考が注目されているわけです。
デザイナーに備わるアティチュードが、新たな発想を生む
井登は、2000年代にビジネスリーダーの意思決定に対比する形で出てきた、「デザイン態度(Design Attitude)」というものを紹介します。そこには、下記の5つのポイントがあります。
こうしたデザイン態度は、まさにVUCA時代に求められる姿勢です。特に現代のビジネスに「サステナビリティ(持続可能性)」が求められるなかで、企業は自社だけでなく、多様なステークホルダーとの関係性にも目を配る必要があります。昨今「パーパス経営」が注目されている背景も同根であり、自社のみの成功を追い求めることを超えて、産業全体や社会的テーマに対して何を成し遂げられるか、が現代の企業には問われています。
そのことを表すのが、2018年に経済産業省・特許庁によって出された『デザイン経営宣言』です。国によって公式に「デザインの力」への経営的注力が謳われた同宣言。長谷川さんは、そこで「デザイン」が「ブランド力」「イノベーション力」の2つに寄与するものとして定義されていることが重要だと指摘します。製品・サービス開発にデザインの力を援用するだけでなく、組織改革などバックオフィスも含めた改善に対してもデザインの力が活用できることが表されています。
ここで井登は、ミラノ工科大学のロベルト・ベルガンティ教授によって提唱された「意味のイノベーション」という概念を紹介します。イノベーションとして一般にイメージされやすい、技術革新によるイノベーション、あるいはマーケット・ニーズや顧客のインサイトをとらえて生まれるイノベーションに対して、これは従来の製品やサービス、システムが持っている「価値」を疑い、その意味づけを変えることによって起こすイノベーションです。
たとえば、電球の普及によって「灯り」としての価値が損なわれたロウソクが、「癒し」や「ムード」を演出するための装置という価値転換を起こしたことで再び市場を伸ばしたことが、意味のイノベーションの例として挙げられます。これを引き起こすのもまた、デザイン的な発想によるものです。
最後に、デザインにおける重要な思考プロセスとして、「アブダクション(abduction)」という仮説形成法が紹介されました。これは、一般的な思考プロセスである「帰納法(Induction)」や「演繹法(Deduction)」に対し、現象の観察を通じて(現状にいたる原因を疑うことで)新しい仮説を立てるものです。
演繹法や帰納法による発想では、同じような結論にいたってしまい、なかなか魅力的な仮説が立てづらい現代においては、特に有効な思考法だと言えます。また、それを得意とする人材こそが、プロトタイプをつくることを繰り返し仮説を発見するデザイン人材なのです。企業がデザインの力を取り込むためにも、アブダクションの視点を取り入れないといけないとして、キーノートセッションは締めくくられました。
コンサルティング企業が「デザイン」に注力する理由
続いて、デザイン人材育成の事例紹介として、アビームの下田友嗣さん、トヨタの軸丸晃年さん、藤野哲さんがご登壇。それぞれ自社によるデザイン人材育成の取り組みについて、ご紹介されました。
アビームが「デザイン」に注目した背景には、やはり昨今のビジネス環境の変化がありました。これまでコンサルティング企業には、「ホワイトスペース(顧客が解決できない余白)」を見つけ出し、顧客の代わりとなって埋めることが求められてきました。そこでは埋め方のバリエーション、質、スピードが勝負所で、解決までの最短距離を目指した、合理的で確からしい課題解決策を提案できることが、アビームの強みとなっていました。
しかし、近年ではコンサルティング企業に期待されることが変わってきているそうです。化学変化を引き起こすドライバーとして、クライアント企業とは異なる感性や違う視点、想像できなかった要素を提案する役割が求められるようになってきているのです。下田さんは「われわれならではの『問い』を生み、われわれだからこそ考えつく『未来』を提言しなければならない」ことから、アビームでも「デザインの力」に着目するようになった、と言います。
アビームがデザインの対象としているものは、「企業が創出する社会・未来」「ビジネスモデル」「推進する組織やチーム」「企業間のコラボレーション」「持続可能性に応えるビジネス/テクノロジー」と多岐にわたります。これらの対象はモノとしての実体はないものですが、下田さん曰く、「いわば『絵にかいた餅』を、多様なステークホルダーの合意を取りつけながら、『本当の餅』にしていく」ための力として、アビームでは「デザイン」をとらえています」とのこと。
具体的にアビームでは、「design×architect」という専門のビジネス・ユニットを新設。ビジネスとIT双方の知見を持ち寄りながら、顧客の事業変革に向けて、デザインとアーキテクチャ(構造・構成)の視点から総合的に監修する役割を担っています。
ユニークなのは、アビームに根付く「最小の取り組みで最大の価値を出す美学」のもと、デザインの実践知を「再現可能なカタチ」で社内に広める工夫をされていることです。より優れたデザインを探究・実践するための時間をKPI化するとともに、デザインの手法をメソッド化して全社展開する習慣を築かれるなど、顧客とのプロジェクトにデザインの方法論を用いるだけでなく、社員を変え、ひいては自社の文化を変えることへの意識を高く持たれています。
トヨタが取り組む「デザインブートキャンプ」と「デジタルバッジ」
トヨタのデザイン人材育成の場合は、その念頭に「DX推進」があります。日本の自動車産業におけるトップメーカーたる同社でも、顧客や従業員に対して「良い体験を提供すること」が必須となっていると言います。そのためにもDX推進は欠かせず、そのキープレイヤーとしての「デザイン人材」育成に取り組んでいるそうです。
イベントでご紹介された具体的な施策は、ソフトウェアの内製開発プロジェクト「Digital Innovation Garage(DIG)」内で専任エンジニア育成研修として設けられた「デザインブートキャンプ」の実施と、「デジタルバッジ」という評価制度導入の2つです。
トヨタには、実に7万人を超える社員がいます。プロダクトに関わるエンジニアをはじめ、多種多様な社員が働くなかで、「ソフトウェアエンジニアに転向したい人もいるのではないか」という見立てから、「DIG」という取り組みがスタートした、と軸丸さん。いわば社内転職をうながし、ゼロから人材育成する場です。
そのなかから生まれたアジャイル・チームにより、神社仏閣を巡るクラウドファンディング・プロジェクトにおけるガイド用アプリ開発、運転診断のアプリ開発、工場現場の方々にデジタル情報を共有するタッチパネルモニターの開発など、具体的な開発が行なわれているそうです。藤野さんは、「『DIG』は、プロダクトマネージャー、プロダクトデザイナー、エンジニアの三者が一体となったプロダクト開発によって、『良い体験』を創出することを目指しています」と語ります。
この「良い体験をデザインする力」を向上させるために設けられているのが、コンセントの協力のもと生まれた「デザインブートキャンプ」です。デザイン思考やサービスデザインのスキルやマインドセットを3カ月で徹底的に学び、プロダクト開発につなげるデザイン人材育成プログラムとなっています。
もう一つの「デジタルバッジ」は、新たなスキル獲得に挑戦する社員の可視化、評価付けの仕組みとして導入されたものです。デザイン人材、デジタル人材に対し「バッジ」を発行することで、取得スキルのレベルを定義し、さらに上を目指すモチベーションを高めることが狙いです。
こうしたトヨタの取り組みが目指すところは、トヨタ一社の利益貢献に留まりません。育成プログラムとしての完成度を高めつつ、ゆくゆくはトヨタだけではなく、自治体や大学と連携する展望も見すえられています。藤野さんは、「日本再生へのチャンスとして、デジタルでも『モノづくり』ができる人材育成のひな形をつくり、次の100年も『産業報国』する」ためのプロジェクトなのだと、トヨタが抱く壮大なビジョンを語られました。
「デザイン人材育成」の重要性をどう理解・浸透させるか?
イベントの最後には、登壇者全員によるパネルディスカッションが行なわれました。そこで交わされた話題は、主に2つ。「デザイン人材育成」における社内の重要度理解・浸透と、育成のために必要なポイントについてです。
アビームでは、先述したビジネス環境の変化にともない、現場メンバーだけでなく経営層もその重要性を理解している、と下田さん。一方、トヨタでは、車の製造というプロダクト・デザインに力を注いできたぶん、無形の対象物を含めた広義のデザインへの理解・浸透はまだ途上にある、と軸丸さんは言います。7万人超の従業員を抱えるトヨタでは、ささいな業務上の非効率さも、会社総体として見れば大きなものとなります。逆に言えば、改善による「伸びしろ」は大きい。「DIG」によってソフトウェアを内製できる人材を育成し、それによって従業員体験を良くすることを端緒に、理解を広げていくつもりだと述べました。
この話題のなかで出たのは、理解・浸透のために「『デザイン』という言葉を用いる必要があるのか」という視点です。長谷川さんは、「『DIG』がそうであるように、『DX』の文脈で新たな事業を推進し、体験価値のあるビジネスをつくりあげるためには、開発能力だけでなく必然的にデザイン能力も求められます。だからこそ、『デザインありき』で考えずに、事業を推進して課題に直面するなかで、結果的に「デザインの力が必要だ」という認識が広まるという順序でも良いのかもしれません」と提案しました。
これにはアビームの下田さんも、顧客と会話するなかでは「デザイン」という言葉はあまり使わないとのこと。課題を分解し構造化するよりも、ストーリーで考える発想や複雑さを複雑なまま受け入れる考えが重要なことなど、背景説明を厚くされるそうです。
トヨタでは、ソフトウェア開発に取り組むアジャイル・チームの成果は、社内でも評判が良い反面、現状ではUX/UIデザインに取り組むメンバーにスポットが当たるというよりも、アジャイル体制の良さが評価されている側面が強いそうです。それでも、続々とプロジェクトが進むなかで、次第に「デザイナーがいると、こんなに良くなるんだ」という認識が広まり、無くてはならない存在として認知されていったら、と藤野さんは期待を語られました。
次に出た問いは、「デザイン人材育成のために必要なことは何か?」です。
トヨタの場合は、DXをスピード感を持って推進するために、会社直轄かつ全社横断型の形で専門組織を置いているそうです。組織が横断型で、その内部にデザイナーの存在があることで、別の職種の社員たちにも広義の「デザイン」の意味をとらえてもらうことにつながっているとのこと。また、運営メンバーが、デザインへの想いを持つ人々で構成されていることも重要だとしました。
もう一つ、育成後の出口戦略があるかどうかもポイントだと、藤野さんは指摘します。たとえ育成できても、そのスキルが実務につながる場がなければ育成も続かなくなります。その点においてトヨタでは、ソフトウェアエンジニアのチームをつくることを前提としていたため、育成プログラムも進めやすかったと言います。
アビームの場合は、デザイン人材育成による「効果」を可視化することを重要視されたそうです。デザインの力によって、「こういう実績が生まれる」「こういうメリットが生まれる」と、どんなに小さな効果であっても言語化して伝える努力をしてきたことで、社員にも経営層にも理解が得られていった、と下田さんは言います。ただ教育するだけではなく、それをメソッド化して社内に宣伝すること、一人一人と対話していくことも意識されているそうです。
長谷川さんは、デザイン業界側の課題についても触れました。ただUXデザインのスキルを示すだけでは、「不確定性を受け入れてチャレンジする」姿勢にはつながりません。また、スキルを持ったデザイナーでも、必ずしも「デザイン態度」のようなマインドセットまでは持っていないこともある。「もともとデザインは産業と密接に連動して発展してきた分野です。現代のビジネスにデザインの発想や姿勢が求められていることを、ビジネスの文脈で言語化して伝えることに対し、デザイン業界の中でも意識を高める必要があると思います」と語りました。
最後に井登が、「この数年でDXの本質的な理解が進んだように、デザインの本質理解も進めたいところですね。ことさらに『デザイン』を押し出さなくても、後追いで『これはデザインによる成果だったのか』と知られれば良いですし、それが次第に当たり前の認識となり、デザイン文化が社会に浸透すれば良いですね」とまとめ、イベントは終了しました。
本イベントを共催したコンセントとインフォバーンは、これからもさまざまな企業のために、組織におけるデザイン推進とそのための人材育成を後押しする取り組みに努めてまいります。
インフォバーンでは、その一環としてデザイン人材育成プログラム「インフォバーン・デザインスクール」を提供しています。
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