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DX時代における、ブランディングのお作法とは?【日本マーケティング学会サロンレポート&アフタートーク】

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日本マーケティング学会が定期的に実施している座談会形式で行われる研究会「マーケティングサロン」。第159回目は「DXとブランド」というテーマで、デジタルマーケティング研究機構との共催にてオンライン配信されました。中央大学名誉教授の田中洋氏、株式会社ニューバランスジャパンマーケティング部ディレクターの鈴木健氏を迎え、株式会社インフォバーン代表取締役の田中準也がファシリテーションを行い、ブランドがデジタル時代やDXにどのように向き合っていくべきか、意見を交わしました。本記事では本編のダイジェストと、アフタートークをお届けいたします。

配信された本編「DXとブランド」をダイジェストで振り返る

「デジタルトランスフォーメーション(Digital Transformation)」をエリック・ストルターマン教授が提唱してから18年の月日が経とうとしています。その大きな流れはマーケティングにおいても大きな影響を及ぼしており、企業はメディアやチャネル戦略だけではなく、新しいテクノロジーやプラットフォームに”適応”しながら、企業や製品・サービスと顧客との間、あるいは顧客間の価値形成及び継続的なリレーションづくり、企業と顧客がお互いにリスペクトしあうブランドづくりに取り組む必要が出てきています。本セッションはその流れの中でDXとブランドについて、ディスカッションをしていきました。

右から順に田中洋氏・鈴木健氏・田中準也
右から順に田中洋氏・鈴木健氏・田中準也

まず「ブランディングのお作法の変化」について、田中洋氏のプレゼンテーションとともにスタートしました。「情報伝達力が一世紀で150万倍に」なるほど情報があふれ複雑化する現代、消費者の行動は単純化され意思決定までが短くなっています。デジタル時代のブランドの在り方は、機能的な意味が強くなっている「ブランドの信号化」と、理念・哲学・考え方を強く表現する「ブランドの理念化」、この2つの方向性に分かれはじめていると考えられるようです。DXがこの「信号化」を促進する一方、アンチテーゼのように「理念化」するブランド(AppleやTesla)も生まれているということでした。

また、ブランドが必要ない製品・サービスとはなにかという問いに対しては、機能性の高いサブスクリプションサービス等が挙げられ、消費者の利用体験そのものがリピートにつながっていること、一方でブランドが必要な製品・サービスは「買う前に品質がわからないもの」、日用品や消費財、美容製品・サービスではないかという会話がされました。そのためDXによってブランドの「信号化」が進むと消費者は売上ランキングなどのデータを理由に購買するようになるとのこと、現在でも一部に見られている現象です。

最後に、ブランドの「理念化」とパーパスやミッションの関連性が話されました。これらの言葉や概念には宗教的な由来があり、日本で馴染みにくいのではないかということ、一方でいわゆるエンプロイーエクスペリエンスとしてブランドを浸透させることに有効かもしれないということでした。ニューバランスでは、策定されたパーパスが自分たちの働いている意義や社会や地域とのかかわりを考えるきっかけになったといいます。これらは単なる言葉づくりではなく、行動への指針とすることが大事、というコメントでセッションは締めくくられました。

このセッション後、本編の配信を振り返っての「アフタートーク」が行われました。

DXで便利になっても、そこに価値が生まれるとは限らない

田中準也(以下、田中準): 今日はありがとうございました。フラットに話せたので、頭の整理になりました。

本編では話せなかったんですけど、 話したかった話があるんです。テレビでハワイ特集をやっていて、今ほとんどのホテルが海岸のプラスチックごみとかを拾う作業をすると、1泊無料になるっていうキャンペーンをやっているそうなんですよ。50万円のスイートも9万円の部屋も。それからスキューバで養殖サンゴ植えに行くっていうツアーもあって遊ぶだけじゃなくて、環境を守る行動をそのツアーの体験の中に組み込んでいるらしいんですよ。自分が行った場所を綺麗にして帰るみたいなことができるっていうのは、ハワイというブランドが価値向上しているなと思ったんですよね。

お客さんの巻き込み方というか、参加のさせ方が結構重要だなと感じたんです。共創って、製品とかサービスを一緒に作るんじゃなくて、多分価値を創るっていうところにフォーカスをすると、ブランドの関与の仕方って、すごく視点が変わってくるなって感じたんですよね。

鈴木健氏(以下、鈴木):そう、今日聞いていて思った。だんだんデジタル系のメディアとか広告って便利な方には進化しているんですけど、価値を必ずしも生み出しているかっていうとそうではないんじゃないかって思うんですよ。

例えば、今主流のTikTokって次々人気がある動画を見せて行くっていうアルゴリズムですよね。結局それってソーシャルメディアが元々やっていたプロフィールを使ったターゲティングはまったく関係ないんです。TikTokはソーシャルメディアではなくてマスメディアに近いんですよね。どんどん見せていくだけだから、配信マシーンなんですよ。それにつられてFacebookも変わってきた。TikTokみたいなのも始めたんですよね。その方が広告的に儲かるからそっち側に寄りつつあって。個人を繋げてコミュニティーを作って「コネクティング・ピープル」を実現していたのに、(プラットフォーム自体が)コンテンツの欲望マシーンみたいになってる(笑)。

広告的なところで言うと、旧来のコンテンツ、例えば映画とかテレビ局が作ったコンテンツは残っているというか、パワフルにはなってきているんじゃないかと。結局、Netflixとかamazonとかのスタジオが成り立っているのは、結局みんなが見たいものをちゃんと作っているから。そうすれば世界的な規模のオーディエンスがついてくるっていうのが、Netflix自体が証明している。ブランドパワーがあるものを作ろうとする流れはまだ残っていると思います。

田中洋氏(以下、田中洋):一種の新しいマスメディアができるみたいなこと?

鈴木:結局、人間が求めているというか。コンテンツへの欲望みたいなものがあるのかなと。すぐ思いついてすぐ忘れるものをどんどん製造していけばいいじゃんっていうのがデジタルでかなりもてはやされていても、やっぱりブランドとか価値を求めるっていうか。今日の話で言うと、「買う前も、買った後ですら品質がわからないもの」も、やっぱり買われるんですよ。

田中準:買った後に効果がわからなくても、ブランドに価値を感じればそれにお金を払う人がいるんですよね。

DXが進み問題視される、企業のブランド毀損

田中準 :ブランド側は、考えなきゃいけないことがちょっと増えたんじゃないですか。ひたすら商品の改良を重ねて自己研鑽していくみたいなところが美学としてあったけど、ユーザーだけじゃなくてパートナーのことも考えなきゃいけないし、地球環境のことも考えなきゃいけないし。ブランド側の方がやることが多すぎる。もうちょっとシンプルだったものが、 多様な考え方とか多様なニーズとか、いろんなものに合わせなきゃいけないところで、ブランドのあり方、それこそ「お作法」が複雑化しちゃってるのをどう考えていますか。

鈴木:うん、広告コンテンツをすごく作らなきゃいけないんですよ。バナーも動画もすごいバージョンを作らなきゃいけないし。そういうふうに振り回されたくないから、自分のとこのアプリとかに集約させようとしています。広告もアプリから最初に配信するんですよね。

田中準:プラットフォームは出目として使って、基本的にはアプリとかオウンドメディアでコミュニケーションをする。データ取りたいだけでもなくて、その方がブランド毀損しないでできるから。フェイク広告とかちょいちょい出るじゃないですか。ニセモノを本物かのように売ってたりとか。iPhone5ドルとか。

鈴木:なんかそういうのちょいちょい出るの?(笑)

田中準:自分には出ないけど(笑)。最近そういうあからさまなのは聞かなくなったけど、でもアドフラウドとかはいっぱいある。世の中のDXが進んでいくと、 ブランドの信用が失墜するのが早かったりっていうのを目の当たりにしている気がします。一部のネットの声がすごく拡大されて、それが世論としてマスコミに取り上げられちゃう。こんな流れでブランドのレピュテーションが下がってくリスクが、デジタルを起点にすると多いと考えてるんですが、どう考えてます?

鈴木:デジタルって、大企業とか小企業とかそういうものに限らず、個人でも好きにできますよ。っていうのがいいところだったわけですけど、必ずしも良い世界になるとは限らない。田中先生が配信中に示してくださった「情報伝達力が一世紀で150万倍ぐらいになった」という時代に、発信する側は好きにできるけど、受け止める側は選別しなきゃいけない。でも全部選別する時間もない。そんななか、改めて「選別されている情報の良さ」ってものにゆり戻しがあるような気がする。

田中洋:(ブランドのレピュテーションの話に絡めて)ブランドのレピュテーションって、急にきゅっと下がるじゃないですか。 でも牛丼チェーンのときもそれで会社が潰れるってこともなかったし、 逆にその時新商品だった親子丼が注目されて売れたとかね。

だけど、一方で20年ぐらい前にね。 雪印が問題になった時って、雪印乳業というブランドは消滅したんですよ。現実に。 でも、今ってネットで炎上してつぶれたってあんまり記憶ない。昔のほうがメディアからの影響が長く続いて、企業にほんとにダメージ与えていたんだなと。

田中準:先日のDMI Forum(※注・7月に行われたイベント『第二回デジタルマーケティング研究機構(DMI)Forum』)のキーノートでも、オーセンティシティ(真正性)の話をされていましたけど、ほんとにそこは守らなきゃいけないものになっちゃいましたね。

鈴木:オーセンティシティって言わなきゃいけないぐらいフェイクな方が多いからね。

パーパスは差別化戦略ではない

田中準:本編の田中先生と鈴木さんのお話で、「パーパスがあって良かった」っていう話をされていましたね。パーパスを機能させるためには、パーパス自体は変わっていいかもしれないし、時代によって解釈を変えてもいいかもしれない。従業員、あるいはステークホルダーの思考と行動を変えることでようやく、そこからDXになってくると思うんですよね。

「トランスフォーメーション」っていうDXが持つ本来の意味に近づくのは、それを実行する人がどう思考して行動するかっていう『北極星(※本編で鈴木氏が言及)』を(パーパスで)作っておくということなのではないかと。

鈴木:意地悪な言い方すると、ブランドパーパスという意味合いでのニューバランスの目指す北極星って実は同カテゴリーの競合ブランドとそんなに変わんないですよ。基本的には。ブランドパーパスの意味するところはリーダーシップだから。「うちは正義の味方です」「あいつは悪の組織です」とかっていう違いじゃないんで(笑)。

バイロン・シャープ教授は『ブランディングの科学』でも、「同カテゴリーのブランド別の購買者に差異はない」と言っています。

その意味でのリーダーシップって、リーダーがたくさん集まってひとつに方向性を決定するためのものではなくて、リーダーの下にチームがあって、リーダーを見て、チームが行動するためのものなんですよ。ニューバランスというこのチーム内で、ちゃんとみんなが同じ価値、方向に行くためには、どうしたらいいかっていうことの意味合いなので、仮に競合と目指している方向性は一緒の部分があったとしても、「別に俺たちも同じとこ目指しているからいいじゃん」っていう感じなんですよね。

ブランドパーパスを差別化戦略だとか思っちゃダメですよ。あれを戦略だと思っている人がいるけど、そうじゃなくて、あれはみんなが行動するための方向性としてのリーダーシップを決めているだけなんで、 それが他社と差別化されているかとか、ビジネスが上手くいくかっていうのとは、また全然違う話ですね。

田中準:ライバルがこういうふうに言っているから、我が社はこういうふうにいうってすると、言葉遊びが始まってしまいかねないのは避けたいですよね。

時代の波に、ブランドそしてマーケターは揺れている

DXという時代の波に、ブランドというもののあり方、ひいてはマーケターのあり方は非常に揺れていると感じます。テクノロジーが効率化を追求するような「信号化」の中にあってはその波に乗り、一方そこに心を疲弊するユーザーがいればその感情をとらえて「理念化」へも動いていく…。どちらかだけに振り切ることはできず、柔軟に波を乗りこなしていくことこそが新時代の「ブランディングのお作法」なのかもしれません。

ENVISION編集部

変化の兆しをとらえ可視化することをテーマに、インフォバーンの過去から現在までの道のり、そして展望についてメンバーの動向を交えてお伝えしていくブログ「ENVISION」。みなさまにソーシャル・イノベーションへの足がかりとなる新たな視点をお届けしてまいります。