仕事に“パブリック・マインド”と“歴史観”を持て!【杉山恒太郎対談2/3】
2023年1月23日に、株式会社ライトパブリシティ代表取締役社長・杉山恒太郎さんをお招きして、弊社代表取締役会長(CVO)・小林弘人との対談を実施いたしました。
杉山さんは、仕事に向き合う姿勢として、「パブリック(公的)な視点」を持つことと、「歴史から学ぶ」ことの重要性を、近刊著書『広告の仕事――広告と社会、希望について』(光文社新書)の中で語られています。
えてしてわれわれは、目の前の課題に追われ、短期的な成果を求めすぎることで、悩みをかかえてしまいがちですが、その二つの視座を持つことで、どう仕事に向き合えるようになるのか。そのヒントとなるお話を、小林がうかがいました(第2回/全3回、前回はこちら、第3回はこちら)。
※読みやすさを考慮し、発言の内容を編集しております。
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あらゆる仕事はパブリックサービスである
小林弘人(以下、小林):公共広告のお話をうかがいましたけど(※第1回を参照)、そもそも商業広告と公共広告を分けて考えるんじゃなくて、広告そのものがパブリック、公的なものであるという視点もありますよね。ところが、日本では公であることがあまり主軸になっていない気がします。その点は、いかがでしょうか。
杉山恒太郎(以下、杉山):それは広告がひとつの象徴として表れているだけで、この国自体が「パブリック」とういうものへの意識が薄いんだと思います。個人があって、家族があって、社会があって、それで国があるってよく言うじゃない。その点で、われわれは家族と国だけがあって、個人と社会については希薄だともよく言われる。
そういう意味では、あるときから「官から民へ」って言われたけど、真ん中にある「公」というものをみんなが持っていないまま、官でやっているものをいきなり民に落としたら、当たり前だけど利益重視になるじゃない。「しめた、この仕事がお国から来た!」って。
でもさ、あらゆる仕事に対して「パブリックサービスをしているんだ」って思えれば、本当はそう乱暴で無茶なことはしなくなるはずなんだよね。
小林:なるほど。すっごい面白いですね、その視点は。
杉山:そうなんです。僕は、2002年のワールドカップ招致のクリエイティブディレクターだったんですけど、結果的に日韓共催になったんです。ぼくも高校までサッカーをやっていたのでわかるんですが、共催というのはそれまでならありえないことなんです。ワールドカップは国のお祭りだから。オリンピックは、ロンドンオリンピックとか、北京オリンピックとか、東京オリンピックとか、都市のお祭りだけど、ワールドカップはブラジル大会とか、アメリカ大会とか、国のお祭りなんです。
それが、二国にまたがっての開催に決まったというのは、実は当時の常識からすると、すごく屈辱的だったのよ。Far Eastでの開催なら、FIFAから見れば韓国も日本も変わらないという感じで。
小林:極東の国同士で一緒にやっておけ、みたいな感じだったんですかね。
杉山:そう。だけど、そのときに招致を争ったライバルである韓国のチョン・モンジュン(※1)が、何かのインタビューで「あらゆる仕事はパブリックサービスである」って答えていたんだよ。「なんてこの人は国際センスがあるんだろう」「国際的にビジネスをする人は、こういうことをインタビューで言えちゃうんだ」「なんだか、この人には適わないな」って思って、その言葉はずっと頭にこびりついているんだよね。
小林:「あらゆる仕事はパブリックサービスである」。とても共感できる言葉ですね。
ちょっと分野は違うんですけど、僕もずっとイノベーターの支援をさせていただいていて思うのは、仕事は絶対に社会とつながっているんだということです。僕らのベルリン視察プログラム(※2)の意義としても、どれだけの企業が、社会の課題を解決したいと本気なっているかを、日本のイノベーターや企業人に伝えることにあります。
杉山さんにもご覧いただいた通り、ベルリンに集まる人たちって直接的にそこを訴求してくるんです。ところが、アメリカでプレゼンを受けると、うちの会社がどれだけ成長するかという話が多いんですよね。時には「そんなことは知らないよ。君の会社が成長したいだけなら、勝手に成長すればいいんじゃんない」って思ってしまうんですけど、TOAに出るような人たちは、それよりも何がしたいのか、なんでそこに命をかけるのを力説するのが先なんですよね。
杉山:そうなんですよね。工場でつくっているものは製品。でも、世の中に出たらもう商品でしょう。広告は、商品になったときの魅力を伝えているわけだけど、その商品は公共物だから。工場の中の製品は公共物とは言えないかもしれないけど、市場に出ていった瞬間に公共物になるので。
だから、テレビのコマーシャルでさ、わんわんわん商品名を連呼すればよいかというと、それが不愉快だったり、あんまりにも社会的なセンスを無視していたら、「製品から商品に変わっているよ」って言いたくなる。広告の制作フィーはすべてクライアントから出るわけだから、一面ではクライアントのものなんだけど、それが広告として世に出た瞬間にやっぱり広告はクライアントだけのものじゃなくなるんだよ。
小林:そうですよね。杉山さんはご自身でダメ出しする広告もあるじゃないですか。提案しようとしたんだけど、よく考えたらこれは違うと引き下げるとか。
杉山:ときどきね。特に若い人から「これで決まりました」と言われても、「えーっ、ダメだよ、こんなもん」って言ったりね。「何を言っているんですか、クライアントからはOKが出ているんですよ!?」って言うんだけど、クライアントがOKなら世の中すべてでOKになるなんて、そんなことはないんだよ。「恥をかくからやめて」なんてふうに言うことは、ときどきある。
それは、かなり若い子に刺激を与えるね。クライアントがすべてではなくて、広告も公共物だから、「みんなが見て本当に美しいと思うの?」とか、「みんなが見て本当に笑えるの?」とか、そういう視点を持てって。そこを忘れちゃうと、やっぱり偏るようになって、極端なことになっちゃうからね。自分の中にも、自分がやりたいことと、パブリックな目と、両方ないと仕事としても続かないと思うんだよ。
小林:雑誌の編集長をやっていたときに、有名なタレントさんに連載をお願いしていて、原稿を受け取っていたんですけど、ときどき世間で話題になっている事件をネタにするんですね。それで、被害者をいじっているときがあったんですよ。そういう原稿に対しては、「俺が編集長をやっているうちは、それは絶対にNGだから」って、とにかく書き直しをお願いしていましたね。
杉山:そういうことですよね。ある種の持つべきコモンセンスだよね。
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※1:チョン・モンジュン
韓国の財閥・現代グループを創設したチョン・ジュヨンの六男で、元現代重工会長。大韓サッカー協会会長およびFIFA副会長として、2002年W杯の韓国誘致に尽力した。
※2 ベルリン視察プログラム
インフォバーンが実施している、欧州最大規模のテックカンファレンス「TOA」への参加を含め、ベルリンを中心に欧州イノベーションの最前線を視察するプログラム(コロナ禍で一時中止、2023年復活予定)。
今のクリエイティブに欠けているジャーナリスティックな視点
小林:そういうことは、どの仕事にも通底すると思いますね。それをより分解すると、僕が思う重要なことは、リアリズムやジャーナリズムの視点です。けっこう広告クリエイターの方とか、イノベーションを良く見せようとするクリエイターの方なんかに、ジャーナリズムの観点が欠落している方が多いような気がするんですよね。
杉山:うーん、そこは痛いところなんだよね。クリエイターにも、スポーツ選手みたいに殿堂入りというのがあって、僕も殿堂入り (※3) させていただいたんだけど、その理由として「初めて“広告はジャーナリズムだ”と言い切った人」と書かれていて。
小林:なんと!? まさにですね。
杉山:僕はそんなことを公で言い切った記憶はないんだけど(笑)。
小林:あはは(笑)。なぜそれを知っているのかと。
杉山:言ったかな?って。でも、ずっとそう思っていたことは事実なんです。広告はジャーナリズムだって。だから間違ってはいないので、言ったのかもしれない……(笑)。
小林:やっぱりパブリックであるためにも、現状のいろんな情勢も踏まえたうえで、ジャーナリスティックな感性というか、情報の収集能力ですね。それを持ったうえで、クリエイティブを生み出すということが、僕が最近のクリエイターの方に求めたいところなんですね。
杉山:でもさ、逆に新聞や雑誌の人たちにも、ジャーナリスト魂を失ってほしくないなって思う。
小林:それはそうですね。
杉山:常に僕たちのお手本であってほしい。そういう立派なジャーナリストがいるからこそ、われわれ広告の人間もそういうセンスを忘れないでいられる。そこがだらしないと、困るんですよ。
小林:いや、本当にそうですね。僕らもメディアをやっている(※4)ので、気をつけないといけないですね。
杉山:いまこそもう一度、ジャーナリズムとはなんなんだろうと問う必要があるかもしれませんね。ジャーナリズムの誇り、矜持があるはずだからさ。
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※3 僕も殿堂入り
「クリエイターズ殿堂」のこと。一般社団法人ACCが2010年から主催する、CMクリエイターを中心とした殿堂。杉山恒太郎は選考委員も務め、故・大瀧詠一らとともに第7回に殿堂入りした。
※4 僕らもメディアをやっている
インフォバーン関連企業・メディアジーンによるメディアのこと。小林弘人が共同創業者で「Business Insider Japan」「GIZMODO JAPAN」など多くのオンラインメディアがある。
時代は現在→「過去」→未来と進む
小林:ちょっと話題を変えまして、杉山さんの仕事への向き合い方、アティチュードをうかがいたいです。『広告の仕事』に書かれていることは、広告業界だけの話じゃなくて、あらゆるビジネスパーソンにとってヒントになるんじゃないかと思ったんですよね。
たとえば、「過去から学ぶ」「歴史から学ぶ」というお話です。杉山さんは、すごく優秀な方もたくさん育てられていて、「すごい奴らはみんな、歴史からちゃんと学んでいるよ」ということを、この本には書かれていますが……。
杉山:そうなんだよね。後輩や部下には、「とにかく歴史から学べよ」と言ってました。
たとえば前に勤めていた電通でいうと、立派な資料室があってさ。過去のアメリカのテレビコマーシャルとかもそろっていて、たぶん日本ではいちばんそろっていると思う。そこは図書館のように、資料を借りたい人は名前を書いてから借りるルールなんだけど、それを見ると800人くらいいた部下のうち……。
小林:すごいですね、800人!?
杉山:大勢いたんだけど、常に借りている人は5人くらいで、面子がほぼ決まっているんだよ。その人たちのその後を見ると、わかりやすくいえばスターになっている。全員に平等に「とにかく歴史から学べよ」って言っているのに、実際に借りている人で10人くらい、そのなかですごく借りているのは5人くらい、という感じなんだよね。
「歴史から学ぶ」ことを実行しているというか、その通りにやっている人というのは限られていて、昔のものをたくさん見ている人は、やっぱりものすごく良いものをつくっていく。
マーシャル・マクルーハン(※5)の言葉に、「我々はバックミラーを通して現代を見ている。我々は未来に向かって、後ろ向きに進んでゆく」というロマンチックな言葉があるんだけど、やっぱりさ、すでに過ぎ去った世界だから、知らなければ過去はすべて未知の世界じゃない。だからこそ、その人にとって初めて出合うものになるし、そこはアイデアの宝庫になるでしょう。過去っていうのは、知らないのはもったいないくらいの宝の山なんだよね。
スティーブ・ジョブズでも誰でも、偉人たちは「真に新しいものは歴史の中からしか生まれない」ということを、いろんな形で言葉を変えて言っていますよね。
僕が昨年末にもう一冊出した『世界を変えたブランド広告』(日本経済新聞社)という本のあとがきにも書いたんですけど、時間というのは、過去→現在→未来っていうふうに進んでいるんじゃなくて、現在→過去→未来って進むと考えているんです。リニアに過去→現在→未来って進んでいるわけじゃなくて、現在→過去→未来。
小林さんは 渡辺真知子さんって歌手を知っている?
小林:渡辺真知子さんは存じ上げていますよ。
杉山:渡辺真知子さんの『迷い道』という曲の中に、「現在、過去、未来~♪」っていう詞があるんだよ。
小林:あはは(笑)。懐かしい。
杉山:なんだ、すでに歌われているじゃないかって、ある日思ってビックリした(笑)。
小林:確かに順番がそうですよね。言われるまで気づきませんでした。
杉山:良い歌なんだよ。
小林:イノベーションの分野でもたまに参照される、「SINIC理論(※6)」というのがあります。そこでも、時代は未来に向けてどんどんリニアに、線形に進むんじゃなくて、過去とを行ったり来たりをしながら、螺旋階段を上るような進み方をしています。
杉山:それは一種の弁証法だよね。過去は必ず、ぐるぐる回ってくるんだけど、少しだけ進化して回ってくるっていう。
小林:なので、杉山さんのお話はすごくわかりますね。現在にいて、過去を参照して、次の未来に進む。
最近は、本屋さんも少なくなっているし、図書館に行く機会も減っている人が多いと思うんですけど、本を読まずにWebだけで知識を得るのは、難しい面がありますよね。
Webはすべてがフラットじゃないですか。どれが現在で、どれが過去か。あるいはそれらの相関関係などもわかりにくい。そうした時間軸での位置づけというのを、昔は編集者が行っていて、「日本の広告史」とか、「ロックの変遷史」とか、本で伝えられていたんですけど、いまの若い人がかわいそうだなと思うのは、その距離感を自分で掴まなきゃいけないことですね。
杉山:確かにね。そこにはたいへんな喪失感があるよね。
小林:そうした過去の意味づけをするために必要なのは、こうしたイベントでそこを明らかにしていったり、実際に資料としてもそろっていたりするような、新しい書店やパブリックスペースですかね。
杉山:自分も歴史の中に生きていると思ったほうが、豊かになれる。やっぱり、ドット(dot)だけで物事を見るのは、あまりに刹那的ですよ。これもスティーブ・ジョブズが、スタンフォード大学の有名な卒業スピーチで言っていることだけど、「ドッツとドッツをつなげ」って。
小林:「Connecting the dots」ですね。
杉山:その有名なフレーズがあるじゃない。歴史のラインに自分が乗っているうえで、自分はいまこの仕事をしている、という認識は、心を豊かにさせるというか、むやみな寂しさがなくなるよね。自分が死んじゃっても、続く線の中に次の人が現れて、というさ。つまり、自分は中継している人だっていうね。何かを受けて、それを育てて……親という存在なんてそのものだよね。
小林:そうですよね。人間そのものがそうですね。
杉山:「授かりもの」と「預かりもの」って考えがあってさ。子どもを「授かりもの」と考えると、「子どもは自分のものだ」となってしまう。そこはネイティブ・アメリカン的に、「預かりもの」と考える。「預かって、育てて、また世の中に返すって考えなきゃダメなんだよ」と、よく僕は妻に言っていましたね。そうじゃないと、「うちの子は」って考えになって、心がすごく狭量になってしまうから。
小林:才能や経験というものは、そういうものじゃないかと思いますね。受け継いでいくもの、一つの財産というか、ヘリテージというか。
杉山:本の冒頭に、オードリー・タンさんの言葉を引用したんですよ。「人の価値は財産ではなく、他人と分かちあったものの量」と。
小林:オードリー・タンさんも、すごく良いことをおっしゃっていますよね。
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※5 マーシャル・マクルーハン
メディア論で著名なカナダ出身の文学者、批評家。文中の言葉以外にも、「メディアはメッセージ」「メディアは人間の身体機能の拡張」など、示唆に富んだ数々の言葉を残す。
※6 SINIC理論
オムロン株式会社の創業者・立石一真が提唱した未来予測理論。1970年に国際未来学会で発表されたものながら、情報化社会の到来などを高い精度で予見している。
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杉山恒太郎(すぎやま・こうたろう)
1948年東京都生まれ。立教大学卒業後、電通入社、クリエーティブ局配属。90年代にカンヌ国際広告祭国際審査員を3度務めたほか、英国「キャンペーン」誌で特集されるなど、海外でも知られたクリエイター。99年デジタル領域のリーダーとしてインターネット・ビジネスの確立に寄与。トラディショナル広告とインタラクティブ広告の両方を熟知した稀有なキャリアを持つ。電通取締役常務執行役員等を経て、2012年ライトパブリシティへ移籍、15年代表取締役社長に就任。主な作品に小学館「ピッカピカの一年生」、サントリーローヤル「ランボー」、AC公共広告機構「WATERMAN」など。国内外受賞多数。18年ACC第7回クリエイターズ殿堂入り、22年「全広連日本宣伝賞・山名賞」を受賞。
〈光文社HPの著者プロフィールより〉
小林弘人(こばやし・ひろと)
1965年長野県生まれ。1994年、『WIRED(日本版)』を創刊し、編集長を務める。1998年より企業のデジタル・コミュニケーションを支援する会社インフォバーンを起業。「ギズモード・ジャパン」など、紙とウェブの両分野で多くの媒体を創刊。コンテンツ・マーケティング、オウンドメディアの先駆として活動。2012年より、日本におけるオープン・イノベーションの啓蒙を行い、現在は企業や自治体のDX(デジタル・トランスフォーメーション)やイノベーション推進支援を行う。2016年には、ベルリンのテック・カンファレンスTOAの日本公式パートナーとなり、企業内起業家をネットワークし、ベルリンの視察プログラムを企画、実施している。著書に、『AFTER GAFA 分散化する世界の未来地図』(KADOKAWA)、『メディア化する企業はなぜ強いのか?』(技術評論社)など多数。