なぜDXは「デザイン」の問題になるのか?【「関西CIOカンファレンス」レポート】
2023年3月31日に、一般財団法人関西情報センター主催のオンライン・イベント「関西CIOカンファレンス」が開催され、パネリストとして株式会社インフォバーン代表取締役副社長・井登友一が登壇しました。
「DXで実現する企業のパーパス~日本型パーパス経営が世界を制す!?~」というテーマのもと、京都先端科学大学教授の名和高司氏、神戸大学大学院教授の原田勉氏、株式会社山本金属製作所代表取締役社長の山本憲吾氏とともに登壇した井登は、主に「サービスデザイン」の視点から、企業が考えるべき「DX」や「パーパス」について話しました。
本記事では同イベントの中から、「DXの本質とは何か?」について井登が語った話を中心にお届けします。
※読みやすさを考慮し、発言の内容を編集しております。
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「サービスデザイン」が要請される時代背景
今回の大きなテーマが「DX(デジタルトランスフォーメーション)」ですので、私たちの会社が生業にしてる「サービスデザイン」というデザインのアプローチと「DX」、そして「バ―パス」との関係というものについて話題を提供させていただきます。
私は株式会社インフォバーンという会社におりまして、デザインの仕事をかれこれ四半世紀ほどやっています。
デザインと聞くと、色・物・形のデザインというものを、みなさん想像されると思いますけれども、昨今では、制度や仕組みのような形のない、抽象度が高いものも含めてその対象が広がってきております。
私のバックグラウンドとしては、この形にならない抽象度の高いもののデザイン領域を専門にやっていました。特にその中でも、みなさんに耳馴染みがある領域で言うと、「UXデザイン」でしょうか、ユーザー体験をデザインしていくことですね。
あるいは「サービスデザイン」というアプローチを通して、我々は企業や官公庁から委託をいただいて、製品やサービス、事業のデザインをすることで関わらせていただいています。
この「サービスデザイン」という言葉は、ちょっとずつ世の中に出てきてはいますけど、まだまだ人口に膾炙したというほどにはございません。「サービスデザイン」という言葉から、いわゆる接客サービスをデザインしているのかと思われる方もいらっしゃるかもしれません。
僭越ながら、昨年の7月に 『サービスデザイン思考――「モノづくりから、コトづくりへ」をこえて』 (NTT出版)という本を出版いたしました。この本の中で書こうとしたことを、今日のテーマである「パーパス」や「DX」の話と絡めながらお話をしたいと思います。
まず「サービスデザインとは何か」を共通の理解として共有したいんですが、サービスデザインにはいくつものルーツがあります。マーケティング領域であったり、社会デザイン、社会実装、社会イノベーションといった領域であったりと、いろんなことが組み合わさって、20年ほど前から「サービスデザイン」という一つの学際領域が生まれました。そうしたことを統合しつつ、平たく噛み砕いて私が定義をしたものが、下記になります。
自社と顧客だけでなく、多様なステークホルダー間で価値を共有して、循環型のビジネスにするにはどうすればいいかを考えたうえで、ビジネスモデル、製品やサービスを考えていく、というのが、非常に平たく言うとサービスデザインの考え方です。
ポイントはいくつかあって、まず「価値共創」ですね。企業が一方的に価値をつくりあげて、完成品としてパッケージされた価値を売るのではなくて、顧客と企業が互いに関わり合いをもつなかで、共に価値をつくっていくということが大前提にあります。そうすれば、企業と顧客双方が良い関係を持続できるような状態になる。
もう一つは、「お客様は神様だ」という一見当たり前と思われている考え方では、サステナブルにはならないということです。「お客様は神様だ」の精神だと、確かに顧客は喜ぶかもしれませんが、顧客に対する手厚い対応やサービスを実現する仕組みができていないと、従業員や組織だけに一方的にしわ寄せがやってきて、大変な目に合ってしまいます。
いわゆる「ブラック企業」で働きたいと思う人はいませんよね? だから、従業員は離れていきます。すると、企業は十分な働き手がいなくなり、商売が回らなくなります。商売がうまく回らないと顧客に対するサービスの質は低下しますし、製品の質も落ちていきますので、結果的にお客さんも離れていきます。
そのような悪循環に陥らずにビジネスを持続させていけるようにうまくデザインしていくという考え方が、サービスデザインの根幹にあるものです。
このようなサービスデザインの考え方は、昨今、世界的に非常に重要視されてきています。その背景にある一つが、社会のデジタル化です。ITの進化やインターネットの急速な普及とともに、あらゆるインフラがつながっていくことによって、世界的に社会全体がデジタル化していっています。
これは社会全体のDXが進んでいるとも言えますし、社会が変革していくなかで、これからの社会が成立するためには必然的にDXしていかなければならない、ということでもあります。
なぜ日本における多くの製品やサービスが、サービスデザイン的にデザイン(設計)され直されなければならないのか? 一つのポイントはこの「社会のデジタル化」に対する時代の要請からではないでしょうか。
「DXの本質」とは何か?
日本における多くの製品、サービス、産業は、インターネットが生まれる前に生まれてますよね。自動車、小売、流通、住宅、エネルギー……インターネットが生まれるはるか昔から、いろんな産業はもうありました。
中には、オンラインのサービスやネット専業ビジネスのように、インターネットが生まれたことによって始まった新しい産業もありますが、インターネット以前から存在する産業のほうが、まだまだ日本の中で大きな影響力を持っています。
そうしたなかでDXが注目されているわけですけれども、一般的にDXというと、往々にしてインターネット以前に生まれた製品やサービスを、ユーザーにとっての利用手段や提供方法の観点からデジタル化していくことであると思われがちです。
たとえば小売業であれば、店舗を構えて商品を販売するというビジネスから、販売用のWebサイトやアプリなどのデジタルツールをユーザーが利用しやすいインタフェースとして用意することで、オンラインでも買えるようにしてあげることがDXである、というふうに考えられがちです。
しかし、DXとはそんな単純なことを意味しているのではありません。ここでDXとは何かを考えるために、正式な表記である「digital transformation(デジタルトランスフォーメーション)」という言葉がいつ生まれたかについて、少し出自をたどってみたいと思います。
諸説ありますが、学術の領域では一般的に、2004年にエリック・ストルターマンという大学の先生が書かれた論文の中で、「digital transformation」という言葉が使われたのが初出だとされています。これは、「Information Technology & The Good Life」というタイトルの論文で、ITが進化していくこれからの社会において、人々にとっての快適な生活とはどういったものかについて考えようという主題で書かれたものです。
この論文では、社会がこれから変化していくなかで、「人々が良い生活を営んでいくうえで何が大事になるか」を情報技術の観点から書いているんですが、「情報技術を活用してさまざまなことをしていく」というのは必須条件としては扱われていません。そうではなく、良い生活、つまり幸せな生活や快適な生活をこれから先の時代に送るために、非常に重要な観点がDXなんだ、というのが本来DXを考えるうえで正しい順序なんです。
つまり、中心はあくまで人間なんです。ツールや手段としてのデジタルではなく人間を中心にして、人々の生活や社会が良い状態になっていくために何が必要かということが議論されている。そのなかで、「デジタル化」という要素は、後付けの結論として出てくるだけにすぎないんです。
このような背景を理解すると、DXとは「インターネット時代の生活者に対して、製品やサービス、さらにはビジネス自体を快適な状態にデザインし直していくこと」だというふうに翻案できますよね。
つまり、提供方法や利用方法をデジタル化するという考えから出発していては、真のDXの実現にはたどり着かないんです。必然的に製品やサービスの裏側にある、企業の組織体制、サプライチェーンを含めたステークホルダーとの関係性、そのビジネスに関わるレギュレーションなども、すべてデザインし直していかないと、全体最適を成立させることができなくなっていきます。
イギリス政府のサービス「GOV.UK」の裏側
ここで一つ事例を紹介させていただきます。「GOV.UK」というサイト、サービスをご存知の方はいらっしゃいますか。
これは、イギリス政府が運用している市民が誰でも使える公的サービスのためのWebサイトです。たとえば、住民票や出生届を申請する際に、このサイトを通じてオンラインで申請できます。
このGOV.UKというサイト、サービスが立ち上ったのが2012年なんですけれども、そこで私たちデザインの世界にいる人間にとって衝撃的な出来事が起こりました。「The London Design Museum」が主催する、1年間で最も影響力があるデザインだと評価されたものに贈られる権威あるデザイン賞があるんですけど、このGOV.UKがその“Design of the Year 2013”を受賞したんですよ。
これ以前に受賞していたのはダイソンの掃除機など、いわゆるインダストリアル・デザイン、プロダクト・デザイン、つまりはモノのデザインが対象でした。従来は建築や製品といった、形のあるものに贈られていた非常に権威あるデザイン賞が、「GOV.UK」というWebサイトに贈られたわけです。さらに言うと“Webサイト自体”というより、「公的サービスをデジタル化した」という“取り組み”に関して贈られたんです。
日本にも、グッドデザイン賞などデザインの賞はいくつもありますけど、当時はずっとモノに贈られていました。そうしたデザイン賞の常識を超えて、モノではなく取り組みに送られたという点で非常に衝撃が走ったわけです。当時、「日本のデザイン賞とは違って、やっぱりヨーロッパはすごいな」というふうに語られていました。
ところが、GOV.UKが受賞した数年後の2017年、サービスデザインの国際カンファレンスで、GOV.UKのデザイン責任者を務めていたLou Downeさんという方が基調講演をされたんですが、そこで「私たちはGOV.UKを立ち上げてみたものの、ずっと苦労の連続でした」と語ったんです。
Lou Downeさん曰く、初めは「従来は窓口で行っていた公的サービスをオンライン化すれば、市民にとって便利になるだろう」という気持ちでGOV.UKの構想は始まったそうです。ところが、サイトが完成し、いろいろな公的サービスをオンラインで手続きできるようになると、最初は市民も喜んだけれど、すぐに多くのクレームが寄せられるようになったそうなんです。
なぜならオンライン化で便利にはなったんですが、「申請の種類に応じて、それぞれの担当窓口に出す」という手間は変わっていなかったからです。たとえば日本でも、子どもが生まれたときに出す出生届は戸籍課、子どもを保育所に入所させるための申込みは保育課、というように、別々の窓口に出す必要がありますよね。
それまで市民は「そういうもの」として受け入れていましたが、オンライン化されたことによって今度はそうした不便さが気になってきたんですね。そうした市民が求める要望を実現していこうと思うと、従来、分断されていた部局や省庁を改変していく必要があるので、役所としては大変です。
「市民のために、イギリスはGOV.UKをやるんだ」と立ち上げたものですから引くに引けなくなって、結果的に3年以上の長い時間をかけて省庁改変まで行われました。仲の悪い部局同士をくっつけたりと、血のにじむような想いをしながら断行したみたいです。
これが、世界的に脚光を浴びたDXの裏側で起こっていたことです。このことをLouさんは、“Our government weren’t designed for INTERNET.”という言葉で語っていました。「INTERNET」という言葉を使っているのが面白いですね。
イギリス政府は、GOV.UKというサービスを始める以前は、インターネット時代にふさわしい状態にはデザインされていなかった。それをデザインし直すことが、真のGOV.UKという取り組みだった。そのことを立ち上げてから痛いほど思い知ったと語っていました。
ここで何が問題になっているかというと、そのサービスが「サステナブル」かどうかなんですよね。市民の要望に対して役所側がそれを受け入れていくためには、役所自体が対応できる状態にデザインされていないと破綻するんです。
こうした視点を持ちながらデザインをしていくのが、サービスデザインです。DXとはいっても、企業にとって何が一番重要で、かつ社会から求められていることなのか。インターネット時代にビジネスをつくりなおしていくことを考えたときに、何が顧客や市場、そして社会にとって最も快適で自然な状態なのか。そうしたことが噛み合わさった状態というのが、サステナブルな状態です。
つまり、サービスデザインは、この「サステナブル」という観点で、企業にとっても、顧客にとっても、社会にとっても、「三方良し」の状態をつくっていくことを前提に、製品やサービス、果てはビジネスをデザインするアプローチです。そして、企業として、「三方良し」によって何を目指そうとするのか?社会において自社の存在意義を何と定めるか?についての方針が「パーパス」なのだとするならば、パーパスそのものを策定していくこともサービスデザインの重要な役割になると考えています。そういったことを私たちはやっています。