地域コミュニティづくりで発揮される編集力。その視点と役割とは?【鈴木円香対談2/3】
2023年2月14日に、一般社団法人みつめる旅・代表理事の鈴木円香さんをお招きして、弊社代表取締役会長(CVO)・小林弘人との対談を実施いたしました。
五島を舞台に関係人口づくりに取り組まれている鈴木さん。「GREEN SHIFT」プログラムをはじめ、地方自治体とも連携した社会課題解決のインキュベーターとして活動する小林。ともに地方創生に関わる2人には、「編集者」という大きな共通点があります。
一般的には記事や書籍を制作する存在である「編集者」の力が、いかにして「コミュニティづくり」「地域振興」に活かされているのか。傍目にはわかりにくい「編集者」の役割や、発揮する「編集力」の源泉はどのようなものなのか。「編集者」という存在を、「糊」や「デンプン」と評する2人の対談の模様をお届けします(第2回/全3回、第1回はこちら、第3回はこちら)。
※読みやすさを考慮し、発言の内容を編集しております。
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編集者とは情熱をつなげる「糊」である
小林:関係人口づくりというのは、地方創生につながることですが、そこに今まで培われた「編集力」が活かされていますよね。普通の人だと、写真集をクラウドファンディングで出すというのも、なかなか踏み込むにはちょっと障壁が高いかなという気もしますし、あとPR用の五島列島の地図もつくられていて、これの素材は何でしたっけ?
鈴木:「ストーン・ペーパー」という石でできた紙ですね。
小林:これは濡れても大丈夫な素材で、海辺とか砂浜とかにも敷けるんですよね。
鈴木:そうです、濡れても破れませんし、レジャーシートになります。
小林:すごく触った感じも独特で、こうした物づくりの具体的なアイデアもそうですし、一つひとつに編集力が発揮されていますよね。滞在型レジデンスを企画されたり、そうしたプランニングも含めて、自分の編集力をご自身で感じるのは、どういった部分ですか?
鈴木:えー、どの部分でしょう? でも、根本は「まだないものをつくりたい」っていう欲求ですかね、抑えがたい欲求みたいな。もう頭の中で構想しちゃったものは、つくらないと気持ち悪いんですよね。
小林:草刈りアプリみたいに(※前回記事を参照)。
鈴木:そうです。レジデンスもそうだし、その地図にしても、写真集にしても、何か素材を見つけて、「この素材があったら、絶対こう料理するのが楽しいよ」と思いついちゃったら、つくらないと便秘みたいで気持ち悪いみたいな感じです。
小林:その場合、ビジュアルから見える感じなんですか。
鈴木:見えちゃいますね、パッと、これでしょうって。
小林:そこは僕もすごくわかるんです、ビジュアルから見えるときが多いので。普通は「デザイナーの人はどんな人がいるだろう」「このデザインが好きだから、この人にお願いしてみようか」というところから入っていくんでしょうけれど、見えてしまうときがありますよね。
逆に編集者として、編集経験のない方に対して伝えられるヒントみたいなものはないですか? こういうふうに発想すればいいじゃないとか、こういうふうにしてみたらどうかっていうのは?
鈴木:その対象、五島だったら五島というテーマがあるはずなので、それが本当に好きだという人を集めるっていうのは、すごく大事なことだと思います。そのテーマにものすごく興味がある人、愛してる人、情熱を持っている人を見つけられたら、自分では形にできなくても、たぶんその中に形にできる人もいると思うので、そういう人が気持ちよく仕事をできるようにサポートするのも重要なことですよね。まずはその情熱を集めていく。
特に五島のようにお金の集まりにくい場所、なかなか投資の対象にならない場所で、何か物事を始めるときには、すごく大事だなと思います。
小林:なるほど。つまりは情熱を持っている人たちのチームビルディングというか、コネクションだったり、プロジェクトを始めるための進行管理だったり、「こうしたら?」というサジェスチョンを与えたりということで、そこはまさに編集者だなと思いますね。
編集者は、作家やデザイナー、写真家の方のように、つくった作品が前面に出るわけではなく、陰で支えている。それでもその人抜きでは成り立たないっていう存在が、僕は編集者だと思うんですけれども、そういう感じですかね? いわゆるプロデューサーにもちょっと近いのかもしれない。
鈴木:そうですね。「何をやってるの?」って聞かれると、別に特定の何かをやっているわけではないんです。
小林:わかります、わかります。編集者ってすごくね……「ところで小林さん。何をやったんですか? 文章を書いたんですか? お金集めただけですか?」とかってよく言われるんですけど、すべてに満遍なく関わっているので、一概に「これをやった」と切り出せないところがまた説明の難しいところですよね。
鈴木:そうなんですよね。それぞれの領域には、やっぱりそれぞれの主役がいるので。編集者って「糊」みたいなものですよね。
小林:糊とかデンプンとか、わかんないんですけど、小麦粉的な感じで(笑)。
鈴木:そうですね(笑)。デンプンですね。
小林:でも、そういう人がいることで、こうやって五島列島みたいなところでも人に注目してもらえることがある。潤沢な予算を投下したわけでもなく、もう鈴木さんの情熱だけで突っ走ってきたみたいなところがありますよね。
鈴木:このプロジェクトにどこまで再現性があるかはわからないですけど、振り返って良かったなって思うのは、最初からビジネスマインド抜きでやっていたことですかね。
「この本をつくりたい。とにかくつくりたいから500万円をクラウドファンディングで集めてつくります」っていう、その過程を地域の人、関わってくれた人、全員が見てくれたから、「こいつ金じゃないんだな」というのは、最初からみんなわかってくれていました。「この人は本当に五島が好きなんだ」っていう。
小林:ありますよね。僕も東京以外のお仕事をさせていただくときに、場合によっては「お金を取りに来た」みたいな見方もされることもあると思うんですよ。でもやっぱり、僕も自分が好きになれないと乗れないんですよね。もちろん、最初からお金が絡んでいるお仕事として呼ばれる場合もあるんですけど、住んでる方と話をしたり、行政の方とお話ししたりして、その方々の情熱に打たれることで進むということがけっこう多いんです。
鈴木:わかります。
小林:あらかじめ潤沢な予算が付いてるような行政区なら、人口も税収も多いところだったりするんですけど、多くは人口が1000人未満とかの大変なところが多いので、やっぱり最初はお金ではないですよね、鈴木さんのそういう姿を地域の方々も見られたから、「よし、じゃあ、この人がやるんだったら協力してもいいかな」と変化していったんでしょうね。
鈴木:それはあったと思います。そもそも東京の人で、その地域に住んでもなくて、たまにしか来ないっていうのは、やっぱり信頼されないですよ。私にも最初は、その試練があった気がしますね。
小林:今は頻繁に行かれてらっしゃいますよね。
鈴木:月1で行ってます。
小林:住民同士でもよく会わない人なら月1ぐらいでしか会わなかったりするから、月1で行っていたら、住んでいるのに近いかもしれないですね。もちろん、島の方々同士は毎日のように会ってるとは思いますけど。
鈴木:だんだん仲間に入れてもらっている感じですかね。
“考えるため”の宿泊施設『めぐりめぐらす』
小林:今まさに取り組まれている「Philosophers in Residence GOTO『めぐりめぐらす』」についても、お話をおうかがいしたいです。
鈴木:はい。こちらもやっぱり、最初に「好き」がありましたね。この施設を建てた場所は「半泊」っていう地域なんですけど、五島列島で一番大きな福江島という島の市街地から、車で30分ぐらいにある集落なんです。行く途中も細い山道で、軽自動車ですらすれ違えるかギリギリの道を行くんですよ。
その先に、5世帯6人の小さな集落があって、その真ん前には五島では珍しい石の海岸があるんですね。波に洗われた、ものすごくキレイな石が敷き詰められていて、海も透き通っているちっちゃいビーチ。最初に連れていかれたときから、「超好き、この場所!」と思って、私が死んだらここに必ず散骨してほしいというくらい好きな海岸で、「ここで何かしたい」というのがまず強烈にあったんです。
それで、何か物件はないかなと思ったんですけど、そういう集落だと、なかなかよそから来た者に売ってもらえる、貸してもらえる不動産はなかったんですよね。
ところが、そんなときに五島市が、そこにある廃校の活用者募集をしたんです。240平米の小さな建物、教室2つと職員室、ちょっとした共有スペースがあるだけの廃校となっている分校があって、活用者を探していると。これくらいだったら私の手にも負えそうだと思い立って、手を上げて、コンペに企画書を出して、無事に取ることができ、こうして始めたんです。
小林:コンペということは、けっこう他にも応募者がいらっしゃったんですか?
鈴木:そう、来たんですよ。3社くらい来てました。
小林:そのなかでも通ったというのは、すごいですね。
鈴木:その地域は島の人から愛されている場所なので、そこで何かやりたいという想いは、みんなにあったんだと思います。
小林:そこからコンセプトを決めて、こんな形で活用しようと思いつくまでの期間は、どのくらいだったんですか?
鈴木:もうそのコンペの時点で、今とほぼ同じ構想はありましたね。最終的に「Philosophers in Residence」という名前にしましたけど、「これからの世界はどうあるべきか」を考える人、それをつくっていきたい人。そういう人が集まる何か素敵な場所、滞在施設をつくりたいというのは最初から考えていました。
この場所は電波が入らないんですよ。隔絶された場所で、スマホもまったく役に立たない。「ここですることは、考えることしかないよね」という感じの場所だったので。だから、「考えるための場所にしよう」っていうのは、初めて来たときからピンと来ていて、コンセプトもそのときから決まっていたようなものでしたね
小林:なるほど。実際に動き出して設計をお願いする際には、「建築家の中村好文さん(※1)にお願いしよう」ということも、最初から浮かんだんですか?
鈴木:それもかなり早い段階でしたね。なぜ中村好文さんに依頼したかというと、もともと私が好きだったというのもあるんですけど、彼が線と管のない「オフグリットの家」、電線にも水道管にもつながってない家というのをつくられていて、私はそれを見たときにすごく未来を感じたんですね。
五島もそうですけど、人口が減っていろんなインフラが維持できなくなるなかで、インフラとつながってることがむしろリスクになるのが、これから直面する人口減少社会の現実じゃないですか。そのなかで「オフグリッドの家」というのは、すごい未来志向だなって思って。「五島で最先端のことをする」というのが、私のいつもの方向性なので、それであればオフグリッドのような新しい建物の形をつくりたいなと思って、好文さんに頼みました。
小林:中村好文さんといえば、たいへん有名な建築家の方ですけど、それでお願いしたら、「いいよ」となったんですか?
鈴木:好文さんってホームページとか何もないんです(笑)。それでもネットで検索したら、「ここが事務所の連絡先っぽいな」という電話番号は出てきたんですよ。編集者って依頼することに対して心理的なハードルが低いので、とりあえず電話しますよね。
小林:そうそう、すぐに電話しちゃいますね(笑)。
鈴木:それで電話で「もしもし、突然すみません。鈴木円香という者で、中村好史さんと話したいんですけど」かけたら、「僕だけど」ってすぐにご本人が出て。「五島列島の限界集落にある廃校を使って、新しい施設をつくりたくて」ってお話したら、「ああ、僕ね、大学時代に長崎の教会は全部回ったんだけど、五島だけは行き忘れていたんだよね」と興味を持ってくださって来てくれました。
小林:それもまた、すごいご縁ですね。
鈴木:ご縁でしたね。
小林:完成図のイメージを見たんですけど、教会っぽい、静謐な、すごくミニマリズムなデザインだなと感じました。中村さんには、家庭とかキッチンとか「住まう」っていう建築家としてのイメージを持っていたので、けっこう意外だなと思ったんですよね。
鈴木:そうですよね。実は修道院がモチーフになっていて、これもまた偶然だったんですけど、初めて好史さんに五島に来ていただいたときに、ご自身で早朝の5時ぐらいに廃校を見に行かれて、すごく感動して帰ってこられたんです。「その教室を三等分すると、一つひとつつのスペースがル・コルビュジエ(※2)が設計した修道院の僧房とまったく同じ広さになる!」って。
小林:それはまた、すごくマニアックな視点ですね(笑)。
鈴木:しかも、そこに先ほどお話しした海岸の石の感じ、カラカラカラカラと音がするんですけど、その雰囲気が、「コルビュジエが晩年に過ごした海岸にそっくりなんだよ!」って。とにかく感動して帰ってこられて、修道院をモチーフにすると決まっちゃったんです。
小林:中村さんから逆にプレゼンされたというか、「こうしたいんだよ」みたいな感じだったんですね。その話をうかがって、鈴木さんとしてもすぐに「それでいきましょう!」となったんですか?
鈴木:基本的にはやっぱり編集者って、才能に言われるがまま、できるだけやりたいものを実現してほしいって、支えたくなっちゃうじゃないですか。すごい才能をお持ちで、情熱もある方が、「これをやりたい」って言うなら、「ぜひぜひ」と思っちゃうんで、違うとか嫌だとかはまったく思わなかったですね。
小林:素晴らしいですね。その辺もジャム・セッション的な感じで、あんまり最初からね、「こうあらねばならない」みたいなものではなく、有機的に……。やっぱり人ですね。人材やタレントの発掘。そこをコネクションして、デンプンや糊みたいにつなげて、みなさんに力を発揮してもらう。やはり編集者の力というのは、そこに尽きるような気がお話を聞いていてしますね。
鈴木:そうですね。だから、好文さんにも一つだけしか伝えてなくて、「考える場所にしたい」とだけ。「考えるために、意識が切り替わる場所にしたい」という方向性は、はっきりリクエストしているので、あとはもうお任せしました。
小林:なるほど。ここに1回に泊まれる人数って何人でしたっけ?
鈴木:10人ですね。
小林:そうすると、軽自動車でもすれ違うのが大変なくらいの場所にありますから、あんまりたくさん来られても大変だと思いますし、かなり本気の人しか来れないところではありますよね。この施設の予約は、僕はずっと先まで埋まっちゃう気がしますね。
鈴木:本当ですか。嬉しい。
小林:1回10人ですから、泊まった人たちから口コミで波及していくだけでも、ちょっとすごいことになりそうですね。
鈴木:そうなってくれるといいんですけど、私の人生初のハコモノ企画なんで、ドキドキしています(笑)。
小林:鈴木さんのこれまでは、紙とかWebとかコンテンツのほうの編集がメインですもんね。でも、編集者出身で都市計画をやられている方もいらっしゃいますし、僕は編集者は国家戦略にだって関われると思っているんですよ。だから、全然問題ないんじゃないかと思いますよ。
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※1:中村好文
1948年生まれの建築家。吉村順三設計事務所などに勤務したのち、設計事務所「レミングハウス」を主宰。住宅建築を中心に数多くの名建築を手がける。
※2:ル・コルビュジエ
1887年生まれのスイス/フランスの建築家。鉄筋コンクリートを用いたモダニズム建築などを数多く設計し、近代以降の建築において最大級の影響を及ぼした。
その地域にしかない素材を磨け
小林:僕もいろんな地域を見させていただいているなかで、何かで人を呼びたいというときに、「なぜ呼びたいんですか?」と聞くと、みなさん「うちは良いところだから」って言うんですよ。それで実際、どこも良いところなんですよ。他と比べようがないというか、それぞれにそれぞれの良さがある。
逆にいうと、これはちょっとその地域の方々にはキツい言い方かもしれないんですけれど、競合がたくさんあるんです。その数ある中で、「なぜ『ここ』に来る必要があるのかを、もうちょっと絞りましょうよ」っていう話をよくします。場合によっては、「あそこで成功しているから、大手デベロッパーさんを呼んできて、似たような商業施設をつくりたい」みたいなことを言われるんですけど、「それじゃあ、ただの真似じゃないですか」「わざわざ『ここ』に来なくても良いじゃないですか」って。
僕が編集者だからなのかどうかはわかりませんけど、その地域に合ったオリジンというか種というか、それを見つけ出して、言語化して、ビジュアル化して、大きく育つような形にしたいとは思いますね。
鈴木:そうですよね。
小林:鈴木さんは、そういったアドバイスを五島以外の地域の方にされることはありますか?
鈴木:まあ、横展開したくなる気持ちもわからないわけじゃないんですけど……。私もよく言われるんです、それは。
その地域に特有の良い素材は、いっぱいあるとは思うんですよね、芽が出るかもしれない種は山ほどあって、その中で「これだ」というものを一つちゃんと選んで、みんながおいしいと思って食べてくれる料理にするというのは、編集者が得意とする能力なんでしょうね。
その「これだ」という素材は、地域の人が自分たちで見つけようとしなくてもいいのかなと思います。それは、なかなか難しいことだと思いますので。
小林:そうなんですよね。僕らも自分の会社を説明することが、実は一番下手なんですよ。お仕事でお付き合いしているクライアント企業の方には、「そこが魅力なので、それを中心にしましょう」とか、「こうやったらいいじゃないですか」みたいに偉そうに言っているんですけど、こと自分たちに関してはすごく口下手なんですよ。だから、第三者の力を使ったほうがいいときはありますよね。
鈴木:そうですね。それも、伴走してくれる第三者ですよね。
小林:一時的じゃない人ですね。
鈴木:言いっぱなしじゃない人をちゃんと連れてきて、良い素材を見つけてもらって、自分たちも「そうだね」って同意できたら、料理の仕方も教えてもらって、ずっと伴走してもらう。そこが大事かなと思います。
その逆で、言いっぱなしの人っていっぱいいるんですよ。編集者でもそうです。東京のメディアの人が五島に来て、とにかく言いたい放題に言って、「じゃあ、次は何かやりましょう」って帰って、結局は何もやらない。そういう人はたくさんいるわけで。
だから、言いっぱなしじゃなくて、ちゃんと一緒に二人三脚で走ってくれる人。そこには「本当にその地域が好き」という気持ちがないと難しいと思うんですけど、そういう人を見つけてくるっていうのは大事ですよね。
小林:やっぱりそこですね。