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「想定外」こそを楽しむ。ランドリー付きの喫茶店で生まれるコミュニティ【田中元子対談1/3】

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2023年5月8日に、株式会社グランドレベル代表の田中元子(たなか・もとこ)さんをお招きして、弊社代表取締役会長(CVO)・小林弘人との対談を実施いたしました。

グランドレベルは、「1階づくりはまちづくり」をスローガンに、空間や建築、そこから生まれるコミュニケーションを設計・デザインする会社。その代表である田中さんは、「マイパブリック」という独自の考えのもと
まち中で道行く人に無料でコーヒーをふるまうプライベート屋台の活動を端緒に、パブリックスペースにおけるベンチの設置、ランドリー付きのカフェ「喫茶ランドリー」の運営など、生活者目線に立った「1階(グランドレベル)」を意識したコミュニティ事業を展開されてきました。

そんな田中さんから、「喫茶ランドリー」を始められたきっかけや、コミニティづくりに欠かせない視点について、小林がお話をうかがいました(第1回/全3回、第2回はこちら第3回はこちら)。

※読みやすさを考慮し、発言の内容を編集しております。

「カフェ+ランドリー」がコミュニティになる

小林弘人(以下、小林):今日は昨年12月に晶文社から刊行された『1階革命』の著者であり、株式会社グランドレベル代表取締役の田中元子さんをお招きしております。どうぞよろしくお願いいたします。

田中元子(以下、田中):こちらこそ、よろしくお願いします。田中元子と申します。私はずっと建築関係の本を書いたり、取材して記事を書いたりする仕事をしていたんですが、まちにおける1階、建物の1階のあり方に興味が出て、2016年に株式会社グランドレベルを立ち上げました。2018年からは「喫茶ランドリー」というランドリー付き喫茶店も運営しています。

小林:田中さんの造語として「マイパブリック」という言葉があって、同じ晶文社さんから『マイパブリックとグランドレベル』という本も出されています。この「1階(グランドレベル)」と「マイパブリック」という考えについて、今日はその核心に迫れたらと思っています。

実は僕が田中さんを知ったのは、Web検索からなんですよ。もともと世界的に、コインランドリーをリノベーションするなかで、それがコミュニティに寄与している動きがあるという話を聞いていたんです。

▲『グランドレベルとマイパブリック』(左/2017年/晶文社刊)と『1階革命』(右/2022年/晶文社刊)の書影

たとえば、サンフランシスコに「ブレインウォッシュ(洗脳)」という、すごい名前のコインランドリーがあって、そこが面白かったのは、お酒やコーヒーを出して、地元のバンドにライブ演奏をさせて、住民のコミュニティースペースになっていたことなんです。演奏を聴きに行くと、「あ、洗濯もできるんだ」と気づくような逆転現象が起きているランドリーです。そういうケースを知るうちに気になって、世界的にどういうふうにランドリーが使われているのか、リサーチしていたんですよ。それで日本の「喫茶ランドリー」の存在も知りました。

田中:そうでしたか。「ブレインウォッシュ」なんて、店名を聞いただけでも楽しそうですね。この名前は、ふざけて付けているんですよね(笑)。

小林:ふざけています(笑)。ただ残念ながら、今はもうないんですよね。

田中:そうなんですね。私が「ランドリーカフェ」という業態を知ったのは、2015~6年ごろで、当時すでに九州や関西にコーヒースタンドが併設されているランドリーがいくつかあることをニュースで聞いていました。ただ、そのころはまさか自分がそういうお店をやるとは思ってませんでした。

たまたま2016年にコペンハーゲンに行く機会があって、旅をするなかで、ある住宅地のなかにあった「ランドロマット・カフェ」という、少し変わったカフェに入ったんです。そこはとてもかわいいインテリアのカフェで、「ランドロマット」と名前に付いているのに、一見すると洗濯機がどこにも見あたらない。お店の奥のお手洗いの横に、ランドリーがさりげなくあるだけなんです。
でも、ランドリーがあることがきっかけにもなって、実にいろんなクラスターの人たちが一つの空間を行き交っている。その光景に一番ショックを受けました。

それからたまたまその後に、今の「喫茶ランドリー」が入っているビルの1階について考える仕事をいただきました。私には飲食店やコインランドリー業のノウハウはまったくなかったのですが、そうしたいろんな人が行き交う場所をつくりたくて。そこで、ランドリーやミシンなどが使える「まちの家事室」付きの喫茶店「喫茶ランドリー」をつくることにしたんです。

一方で、2014年ごろから「マイパブリック(=私設公共)」と言いはじめて、自分の屋台でコーヒーをふるまいながら、自分で勝手に公共的なものをつくる面白さをすでに実感していました。だから、私的でいながら公共的な空間をつくるための実験場になればいいなと想いがあって、「喫茶ランドリー」につながっていきました。

▲墨田区の森下駅―両国駅の間にある「喫茶ランドリー」外観〈写真:阿野太一/提供:株式会グランドレベル〉

小林:それでは、最初から「喫茶ランドリー」を自分でつくりたいと考えていたというより、コペンハーゲンやマイパブリックの屋台での実体験などを経て、徐々に「自分でやろう」という気持ちが湧いてきたんですね。

田中:そうですね。私たちはカフェのプロではないので、自分で店をやりたいという欲やビジョンはありませんでした。だから、企画だけ考えて、カフェ運営そのものはカフェ事業をやっている友達に、「こういうことをできないか」とコンセプトを話してお願いしていた感じでしたね。

勝手に‟公共”をつくる「マイパブリック」の面白さ

小林:「喫茶ランドリー」以前から行われていた、プライベート屋台によるマイパブリックの活動も、非常にユニークですよね。

田中:自分のための屋台を設計してもらって、それをさまざまなまちに出して、道に行き交う人にコーヒーをふるまう活動をしていました。それも「みんなどんな顔をするだろう」っていう、いわばイタズラですよ。

自分が「まちにこんな風景があったら面白いんじゃないか」と思うことを、自分のできる範囲でやってみていたら、ガチャガチャと面白いことが起きるという体験を繰り返していきました。このときはじめて、自分の手で公共空間をつくる面白さを知って、公園や公民館、「公」の付くものを自分でつくっていくことに興味が膨らんでいきました。

小林:それは「マイパブリック」という言葉にも表れているように、行政がつくったり、誰かが提供してくれる公共空間ではなくて、「私の」というコンセプトに基づいた公共空間づくりですよね。

田中:そうです。この屋台の活動をやるまでは、私も「公共」というものに対して、全然興味がなかったんです。ところが、たまたま自分がやってみたら、自分自身がどの公共よりも公共らしくあることに気づきました。

自分は、たまたま喫茶ランドリーをやったり、屋台でフリーコーヒーをふるまったりしたわけですが、一方でフリーのふるまいというものを、他の人たちが形を変えて行うことができる可能性があることにも気づきました。いろんな人にその人のふるまいを考えてもらうワークショップも開催したりしています。でも、そもそもフリーのふるまいって、いろんなところにあるものです。たとえば、大阪のご婦人が、ハンドバッグに飴ちゃんを仕込んでいるのもそれで。

小林:飴ちゃん(笑)。

田中:そうそう。あれも「自分の飴」「友達の飴」ではなくて、「公共」的な、つまり誰か知らない人に、「飴ちゃんいかが?」って言える準備をされているんです。

自分のため、知ってるコミュニティのため、ということでなく、知らない第三者に対して間口を広げるのは、実はやっている本人が一番面白かったりするんですよ。それは「利他的」とも、ちょっと違うと思っています。

小林:自分自身もそれが面白いと。何かいいことをしなきゃという想いからではないのに、それが社会と接続していくような感じですね。

田中:おっしゃる通りです。実際にまちに出てコーヒーを人にふるまっていると、いろんな人に出会うことができます。時には無視されることもあります。喫茶ランドリーをやっていていも、実にいろんな人がいる。最高なのは、社会って実はこういう形をしているんだという手応えを感じられることです。「社会」や「世界」というと、概念的な言葉に感じますが、実存として「おっ、こんな感じか」という形が手に触れるように感じられるんです。

▲対談中の田中元子さん

まちの価値は数値化できるものではない

小林:実際に喫茶ランドリーを立ち上げられたのは、お店だけでなく、エリア全体の空間を変えたいという想いがあったわけですね。

田中:喫茶ランドリーは今、東京と神奈川に3店舗あります。最初のお店は、墨田区の両国駅と森下駅の中間のエリアにあるのですが、まちの人に少しでも「ここにいて楽しいな」と感じていただきたくて。少しずつ色んな人が出会うきっかけが多くできて、このまちで暮らすこと自体が楽しいと感じてもらえる可能性が高まっていく。これはうちの店だけでできることではないのですが、そのひとつのきっかけになれればと考えています。

誰にも出会わないまちだと、ずっとひとりぼっちの感覚かもしれないけど、偶然入った店で誰かとおしゃべりして、「今度一緒にどっか行こうよ」ってなったり。まちの見た目の姿が大幅に変わること以上に、そういうことが増えていくことが大切だと感じています。

小林:重要なのは、ハードではなくソフト面、心の部分ですよね。ここはスペックを考える発想では、なかなか出てこない。デベロッパーの方などには、追求がまた難しいところではあるかなと思います。

田中:喫茶ランドリーを企画・デザインして、運営しはじめたことをきっかけに、まちづくり、公共空間づくり、施設の設計に対して、仕事をいただく機会が増えてきたのですが、中でも多くのエリアマネジメントや、まちづくりと言われる活動は、イベントづくりをしてしまっている状況に陥っていると感じます。

私たちは、「喫茶ランドリー」やフリーコーヒーはもちろん、これまでに手がけてきたどんなプロジェクトでも、基本的に打ち上げ花火のようなイベントごとにはしないことを意識しています。イベントで何人集客できたかとか、どのぐらい儲かったということ以上に、もうちょっと時間をかけて、いろんな人が、楽しいまちだな、いいまちだなと思えて、面白いと感じる人生が送れるようにじわじわ変化させていくこと。そこに寄与したいという想いで関わっています。

小林:まちの魅力というのは、数値化しづらい部分がありますよね。たとえば、歩きたくなるまちかどうか。「なぜかこのまちは、いつもより散歩してしまうな」とか、「あっ、花屋あるので、たまにはちょっと家族に花でも買っていってあげよう」とか、そういったまちとしての良さ。それは数字にならないじゃないですか。

田中:そうなんですよね。今ちょうどChatGPTみたいなAIが急速に進化しているなかで、数値化できてくることもあると思いますが、気持ちの部分をどこまで数値化できるかというと疑問符が浮かびますし、そもそも「何のために何を数値化するのか」ということを整理していく必要が出てくると思います。

その意味でも、「一回のイベントで何人が来ました」という思考は、まちづくりには何もつながりません。それはただのイベントにしか過ぎない。でも、そのイベントが、「次のイベントでは何をしようか」って、まちの人が話し合う機会になったり、そこで出会った人がそのまちを楽しく使う動きを始めたり、何らかのきっかけになる紐付けができていけば、人もまちも豊かになっていくと思います。とにかく、その部分での数値化は難しいと感じます。

小林:確かにそうですよね。ご存知だと思うんですけど、ネバダ州で開催されるバーニングマンというイベントでは、何もないところに7万人が世界中から突然やってくる。そのイベントが面白いのは、規模や参加者の数が増えていることだけじゃないんですよね。

たとえば、ベルリンに行くと、1年かけてそこで展示するものをつくっている工房があるんですよ。それは数字には出てこない、バーニングマンの魅力を表すことですよね。ただ、「7万人集まって、財政にこれだけ寄与しました」ということと、「1年かけて準備する人のために工房まで存在している」ということは、なかなかリンクして伝わらない面があります。

▲対談中の小林弘人

まちづくりは「風が吹けば桶屋が儲かる」式

田中:まちに人が行き交ってちょっとずつ豊かになっていくことは、本当は「風が吹けば桶屋が儲かる」的なものなんです。AをすればBになるという直接的な相関関係、因果関係ではない。あるきっかけが巡り巡ってこうなりました、ということなんだと思うんです。だからこそ、数字で測りづらいのですが、そうした発想でまちをつくっていこうという共通の価値観を、手探りしながら広めていきたいと思っています。

小林:ルールやレギュレーションという決まり事が先にあって、そこからつくっていくんじゃなくて、もっと根っこのハートの部分で共感し合える形で発信していくことによって、そこに周波数が同じ人たちが集まってくるという流れが理想ですよね。

田中:本当にそう思います。同じ周波数の人がふんわり集まってくるようにするために、先にルールをつくらないというのは、大事なポイントだと思います。

その代わりに、想定外のことが起きた、想像もつかなかった変なことになったときに、どれくらい喜べるかということだと思うんです。「風が吹けば桶屋が儲かる」という言葉は、想定外の関係性の例えですよね。風と桶屋は関係ないはずなのに、という。
関係ないことが影響を及ぼし合っているのが現実だと思います。すべてをみんなにわかるように紐解くことは難しいけど、本当は全部つながっている。その複雑さを数字的に解明、究明することも大事かもしれませんが、同じくらい、関係ないことが巡り巡って影響することを面白いと感じる感性、想定外のことに対する前向きさというのが大事だと思います。

あらかじめプログラムを整えたり、ルールをきっちり決めたりしてしまう人は、想定内のことに収めたくて、そうするわけですよ。たとえば、「こんな遊びしたら困るよ」とか、「こんなことして、何かあったらどうするの」と議論がよくされますがが、私の価値観では、その「何か起こってしまったら」を楽しめることこそが、豊かさだと思っています。

第2回につづく

「何をしたいか」を問うことから、お店のデザインも始まる【田中元子対談2/3】
「‟自由”を楽しむ強さ」を持とう!「マイパブリック」で表れる個性【田中元子対談3/3】

田中元子(たなか・もとこ)
株式会社グランドレベル代表取締役
1975年茨城県生まれ。2004年より建築関係のメディアづくりに従事。2010年よりワークショップ「けんちく体操」に参加。2016年「1階づくりはまちづくり」をモットーに、株式会社グランドレベルを設立。さまざまな施設や空間、まちづくりのコンサルティングやプロデュースを手がける。2018年「喫茶ランドリー」開業。2019年「JAPAN/TOKYO BENCH PROJECT」始動。主な著書に『マイパブリックとグランドレベル』(晶文社)、『建築家が建てた妻と娘のしあわせな家』(エクスナレッジ)ほか。主な受賞に「2018年度グッドデザイン特別賞 グッドフォーカス[地域社会デザイン]賞」、「2013年日本建築学会教育賞(教育貢献)」ほか。

小林弘人(こばやし・ひろと)
株式会社インフォバーン代表取締役会長(CVO)
1965年長野県生まれ。1994年に『WIRED(日本版)』を創刊し、編集長を務める。1998年より企業のデジタル・コミュニケーションを支援する会社インフォバーンを起業。「ギズモード・ジャパン」「ビジネス インサイダー ジャパン」など、紙とウェブの両分野で多くの媒体を創刊するとともに、コンテンツ・マーケティング、オウンドメディアの先駆として活動。2012年より日本におけるオープン・イノベーションの啓蒙を行い、現在は企業や自治体のDXやイノベーション推進支援を行う。2016年にはベルリンのテック・カンファレンス「Tech Open Air(TOA)」の日本公式パートナーとなり、企業内起業家をネットワークし、ベルリンの視察プログラムを企画、実施している。
著書に『AFTER GAFA 分散化する世界の未来地図』(KADOKAWA)、『メディア化する企業はなぜ強いのか?』(技術評論社)など多数。

※株式会社ライトパブリシティ社長・杉山恒太郎さんとの対談記事はこちら
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ENVISION編集部

変化の兆しをとらえ可視化することをテーマに、インフォバーンの過去から現在までの道のり、そして展望についてメンバーの動向を交えてお伝えしていくブログ「ENVISION」。みなさまにソーシャル・イノベーションへの足がかりとなる新たな視点をお届けしてまいります。