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人的資本経営で求められる、カルチャーフィットする組織デザインとは?【田中弦×井登友一「Designing for Orgculture」イベント・レポート】前編

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2023年度から情報開示が義務化されたこともあり、多くの企業で「人的資本経営」に向き合っています。一方で、そもそも「人的資本」が無形資本であることから、何に注力するべきか、どう戦略を描くべきか、頭を悩まされている方も多くいるのではないでしょうか。

インフォバーンは2024年6月26日に、『人的資本経営で求められる、カルチャーフィットする組織デザインとは?』と題してトークイベントを開催しました。同イベントでは、Unipos株式会社代表取締役CEOの田中弦さんをお招きし、人的資本の活用に向けた組織デザインの要諦について、インフォバーン副社長の井登友一がお話をうかがいました。前編/後編に分け、記事としてイベントの模様をお届けします(前編/後編記事はこちら)。

「人的資本経営」ができている企業はどこが違うのか?

井登友一(以下、井登):本日は組織づくりのなかでも、「人的資本」に注目をしたお話をしていきます。ゲストには「人的資本経営」といえばこの方、Unipos代表の田中弦さんをお招きしております。よろしくお願いいたします。

田中弦(以下、田中):よろしくお願いします、田中弦と申します。僕のプロフィールをかいつまんで申し上げると、ソフトバンクに入ってベンチャーやインターネットの世界に魅了され、自分自身で「Fringe81」というインターネット広告の会社を興して上場しました。ただ、コロナ禍で広告事業は大打撃を受けまして、今は社名にもなっている「Unipos」というピアボーナスのサービスを始め、そこからHR領域に関わるようになった次第です。

「人的資本経営」との関わりでは、2023年度から人的資本開示の義務化されると知ったタイミングで、そもそも開示されている非財務情報をすべて見たことある人が誰もいないことに気づきまして、それなら自分が全部見てやろうと思ったんです。実際に、これまでに5000社ほど見て研究しましたが、上位10%くらいの取り組みというのは、本当にものすごく経営の参考になります。

この10%を発見するのは、砂漠からオアシスを探し出すような作業で、まとめ上げるまでに大変な労力がかかったんですけど、だからこそ誰もやれなかった価値ある情報なのかとも思って、積極的に発信もしています。今はそこで得た知見を活用して、お客さんと一緒に経営を変えるコンサルティング支援もやらせていただいてます。

井登:ありがとうございます。私は田中さんのセミナーを何度も拝見してきましたが、毎回出てくる情報量がすごい。これだけ企業の非財務情報を様々な観点から分析・解釈されている方はいないと思っています。ぜひ今日はいろいろな角度から質問をさせてください。

聞き手を務める私は井登友一と申します。サービスデザインやUXデザインと言われるデザイン領域の仕事を四半世紀以上やってきて、この数年は「組織」をデザインする仕事に注力し、クライアント企業からのご依頼を受けております。

それでは本題に入りましょう。まず1つ目の問いかけとして、田中さんの目から見て、人的資本経営において優れた企業の共通点や特徴として、感じられることはあるでしょうか。

田中:僕は開示情報を見て気になった企業にインタビューもしてきたんですが、そのなかで見つけたキーワードは「変化」ですね。要は、今現在の姿を良く見せることではなく、将来こうやって変わっていくんだという変化に意識が向いている。

もう1つのポイントは、人的資本を属人的なもので終わらせていないことです。というのも、人的資本というのは個々人のスキルに属するものなので、ただ単に投資しても事業や経営の競争力に結びつかないケースがけっこうあるんです。たとえば、「海外マーケットにチャレンジするために、TOEICで900点を取りたい」という社員のWILLに対して、「熱心で良いじゃないか」と応援してあげる企業はけっこうあると思います。ただ、そこから海外企業にビジネス提案するほどにまでつなげられている企業となると、どれだけあるか。

人的資本というと、定性的で計測しにくいというイメージを持たれがちですが、手を上げた人数、ビジネスの実践にまで移した人数、さらに売上成果として出た件数など、実は人数や件数の形で数値化できるものです。そうした数値も含めて設計できている会社は、人的資本経営の好循環を生み出せていると感じます。

井登:上手な会社は、ただ情報開示するだけでなく、目的を明確化したり、成果を数値化したりできているわけですね。

田中:そうですね。それと投資することで社員個人のスキルアップはあっても、形式知化して次の人に教えてあげられない限り、会社全体の競争力向上にはつながらないですよね。たとえば、伊勢丹新宿店の外商部では、以前は一匹狼的な働き方が主流で、社員同士で競い合う雰囲気があったそうです。そうなると何か教えることが敵を育てることになるわけで、ノウハウの共有が進むはずがないですよね。

ところが、相互に助け合うバディー制度を取り入れたことで、「この人に教えたほうが、自分も助けてもらえる」という互助関係が生まれ、徐々に協力的なカルチャーが生まれていったそうです。それで伊勢丹新宿店の外商部は今、上手くいっているそうです。

このように組織の制度やカルチャーを見直して互いのノウハウを共有できるようになると、チーム全体の能力が開放され、組織の競争優位性が育まれる。逆にそうしたカルチャーをつくりださなければ、たとえ売上数字は上がっていても、個々人の能力に依存する体質は変わりません。

優れた企業はコミュニケーションの「ズレ」がない

井登:田中さんからはイベントの前に、優れた企業にはあらゆる面で「ズレがない」ともうかがいました。企業経営には多くのステークホルダーがいますので、経営層と現場とか、上司と部下とか、人と人の間でどうしても考えることにズレが出てしまう。このズレを補正するためには、どんなコツがあるでしょうか。

田中:まず何でズレるのかというと、ほとんどの企業が「我が社は最高です!」というコミュニケーションを取りたがるからなんですよ。「うちは挑戦的な社風です」「女性管理職も多いです」「社員一丸となって頑張っています」というふうに見せたがる。ところが、口コミサイトなどを見ると、真逆のことが書かれていたりします。

実際に僕がクライアント企業から依頼を受けて社員アンケートを取ると、100%と言ってよいほど経営層と現場で何かしら認識のズレがあります。そのズレを防ぐためにやるべきことは一つだけで、「課題からコミュニケーションする」ことしかないと思っています。よく社長と社員で対話する場を設ける会社がありますが、そこで「我が社は最高!」をやると、かえって従業員エンゲージメントが悪化しかねない。

たとえば、「我が社にはまだ挑戦する人は少ない」と課題感を共有したうえで、「こんな兆しが見えてきている」「数年後にはこうした環境にしていきたい」とコミュニケーションする。すると、「うちの社長は現状をわかったうえで、変えようとしているんだ」と社員にも伝わります。

これは採用についても同じです。採用サイトには「若手が活躍している会社です」と書かれているのに、実態としては3年以内離職率が上がっていたりすると、採用時点でミスマッチが起きますよね。今までは成長できているから見過ごせていたズレも、少子高齢化で人が採りにくい時代には致命的な欠陥になりかねない。あんまりズレていると、社員だって「うちの会社はずっとちぐはぐなことを言ってるな」「自分のキャリアはどうなっちゃうのかな」と考えますよね。

井登:なるほど。非常に耳の痛い話で、うなずかれる方も多いのではないでしょうか。往々にして、課題が目の前に差し出されても、素直に受け入れて正直に伝えるコミュニケーションは取りにくい……。

田中:重要なのは、社員の本音や現場のリアルな声をきちんと聞くことだと思います。それは対話や記名式のアンケートで取得できるような甘いものではないので、匿名でもかまいません。なおかつ、建設的な意見を拾うためには、聞き方にもテクニックが求められます。

会社の将来を毀損しているような組織課題は何か、その要因は何か、なぜそれが放置されているのか。ちゃんと聞いたうえで建設的な意見を求めていけば、正確に課題をとらえたコミュニケーションができるはずです。

株主に対しても、求職者に対しても、社員に対しても、同じメッセージを伝えることはすごく重要です。株主や求職者には耳アタリの良いことをアピールしておきながら、社員に「お前ら我慢しろ」と言っているようでは、コミュニケーションのズレからくる従業員エンゲージメントの低下は絶対に生まれます。

井登:まさに経営マターですね。いの一番に経営層が、都合の悪いことにも向き合ってコミットメントするべきだというのは、私も痛感していることです。

田中:最初に「変化」に対する意識・意欲が、人的資本経営の良し悪しに表れると話しましたが、その差はこうしたコミュニケーションにも表れますね。

多くの企業でなぜパーパスが浸透しないのか?

井登:経営の話題ではこの数年、「パーパス経営」という考えも注目を浴びています。ただ一方で、せっかく苦労してつくったバーパスを掲げても、社外どころか社内への理解・浸透すら一向に進まないという声もよく聞きます。その原因や乗り越えるためのヒントについて、田中さんのご知見をお聞かせいただけますか。

田中:パーパスというのは、会社の存在意義や事業の目的を言語化したものですが、そこには理想と現実のギャップがあるはずです。それなのに、ただ「パーパス実現に向けて頑張ろう」と言っても、「果たして何を頑張ればいいのか?」と社員が感じるのは当然だと思います。ましてや「パーパスを唱和しましょう」という話になると、「いや~」ってシラケた気持ちになりますよね。

パーパスをめぐる理想と現実のギャップを示したうえで、「みんなで解いていったら楽しい」という認識の共有をめざせば、パーパスの理解・浸透が進むのかなと思っています。

井登:「シラケる」という表現は面白いですね。いかにシラケさせずに楽しそうだと思わせるか。言い方や表現も重要でしょうし、先ほどの「課題からコミュニケーション」することも大事で、セットで打ち出さないとうまくいかない。

田中:会社というのは集団じゃないですか。なぜ集団でパーパスを実現したいのかと言えば、高い壁を越えるために少しずつ階段を上っていって、「みんなで達成したね!」という喜びがほしいからですよね。それがないなら、会社員でなくても良いはずです。

集団で取り組む意義や喜びを踏まえて「目的」が定義されていること。もっと言えば、具体的な場面で推奨される行動、「これはウチらしいな」という行動が定義されていること。それらが積み重なってカルチャーにまでなっていることが重要ではないでしょうか。

パーパスの実現というのは、つらく大変な道のりですよ。だからこそ達成したら、「やった!」と思える。それをいかに集団のパワーで早く到達するのかという話だと思います。

縦割り組織の弊害を乗り越えるためには?

井登:組織が大きくなるにつれて、縦割り化、サイロ化していくという課題もよく聞きます。効率が良くて合理的なんだけれども、部署間、社員間で壁ができてしまう。この縦割り型組織の弊害がある限り、先ほどの集団としてのパワーも生まれないと思いますが、どう乗り越えていけば良いでしょうか。

田中:脱・縦割りの好例として丸井さんのお話を出すと、手上げ制度が整備されていて、85%の社員が何らかの機会に手を上げているそうです。経営戦略のような重要な議論をする会議への参加も立候補制を採っていて、もはや偉い人だけが集まる場ではない。社内のジョブチェンジも活発で、これも立候補して決まる。

丸井さんは経営理念として、個人の成長イコール会社の成長とはっきり謳っていて、社員の自発性・自律性が発揮されるように徹底しているんです。丸井さんは例として極端かもしれませんが、人的資本は本来的に個人の持ち物なので、それをきちん発揮できるような機会がオープンになっていること、少なくとも手を上げられる状態にすることは、縦割り的な組織の閉塞感をなくす第一歩という感じはします。

井登:「人的資本は個人の持ち物である」という視点は重要ですね。経営の目線に立つと、ついつい社員の能力を「会社のためにどう活用するか」という発想になってしまいがちです。最近では、そうした認識も変わってきているのでしょうか。

田中:おそらく1980年代ごろまでは、「人的資本は会社のもの」という認識が強かったと思います。会社には強烈な人事権があって、「君は、そろそろこの仕事がどうだ」と辞令を出す形で、社員のスキルやキャリアパスを会社がコントロールしていました。人口が増えていて内需が安定している状態においては、そのほうが効率的だったんだと思います。

ところが、今やもう転職は当たり前ですよね。自ら志願して異動することも可能になってきている。明らかに会社よりも個人に選択権や自由が寄ってきている。それに加えて、不安定で先行きも不透明な社会になったことで、さまざまな人のパワーを結集しないと経営が危うくなる時代に突入してきた。

要するに、人的資本というものが、会社が社員に身につけさせるものから、「これをやりたい」という社員のWILLを大事にしながらサポートして、カルチャーとしてまとめ、形式知にしたり、組織の競争力へと変換したりするものになっているんです。

でも、もともと人的資本というのはそういうものですよね。だって、本を読み込んで営業ノウハウを身につけたとして、それはどう考えたって個人のものじゃないですか。それをコントロールできていたのが80年代くらいまでで、コントロールできなくなってきたのが今ということだと思います。

井登:裏を返すと、経営陣だけでなく、社員個々人も自分自身の人的資本をどうつくっていくのかに意識的になっていかなきゃならない時代とも言えますね。

田中:そうですね。先進国の中でも日本は、自己研鑽に使っている時間がかなり短い。これまでは会社が全部用意してくれていたので、それも当然だったかもしれません。今でも、「君たちの将来は我々が設計しているから」という会社はありますし、社員側でも「会社のレールに乗っておけば大丈夫だ」と思っている人もいる。それがダメだとまでは言いませんけど、少しは変化させないと、特に人が採れなくなってきた時代には危ういですよね。

井登:そうですよね。丸井さんのように、会社の成長は個人の成長に基づくという認識を持って、経営として打ち出すことで、従業員の方々が習慣化されたくらいにチャレンジするカルチャーを築くことが、ますます求められているのかもしれません。

後編記事はこちら
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