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人的資本経営で求められる、カルチャーフィットする組織デザインとは?【田中弦×井登友一「Designing for Orgculture」イベント・レポート】後編

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インフォバーンは2024年6月26日に、『人的資本経営で求められる、カルチャーフィットする組織デザインとは?』と題して、Unipos株式会社代表取締役CEO・田中弦さんをゲストにトークイベントを開催しました。

「人的資本経営」において必要な「変化」に向けた姿勢、障害となる「ズレ」を正すために取るべきコミュニケーションを中心にうかがった前編記事に続いて、本記事では具体的な改善に向け、適切な指標の立て方、制度設計の仕方について話された内容をお届けします。聞き手は、インフォバーン副社長の井登友一です(後編/前編記事はこちら)。

人的資本におけるKPI/KGIはどう設定すべきか?

井登友一(以下、井登):ここからは「非財務情報における人的資本に対して、KPIってどう設定すればいいの?」という素朴な疑問について、うかがっていければと思います。

田中弦(以下、田中):いろいろな会社をお手伝いしてきましたが、どこも女性管理職比率に悩んでいる。その点における先進企業を研究して僕が気づいたのが、まさにKPIの問題です。

マネーフォワードさんに面白い開示情報があって、社員の男女それぞれに「将来、管理職のオファーをされたら、やってみたいと思いますか?」と聞いているんです。これは「今すぐ管理職になれ」という話ではなく、「管理職になる気持ちの準備はできていますか?」という質問です。女性管理職比率というのは、あくまで「なったあとの結果」じゃないですか。でも、管理職になってもいいと感じる女性の比率であれば、「変化する指標」になる。

この指標を男女別で見ると、明らかに男性の方が比率が高いようです。そこには、まだまだ産後支援のような環境整備が足りなかったり、世の中の空気も含めた考え方の変化をうながす必要があったりと、さまざまな要因があると思いますが、その溝を埋めていけば将来の女性管理職比率は間違いなく上がるじゃないですか。

何を言いたいかというと、掲げている指標がKPIなのかKGIなのかという話で、KGIよりもKPIのほうが多くの社員を巻き込めるということです。当然ですよね。だってKGIは結果で、KPIはプロセスですから。たとえば、「新規事業を〇件成功させる」というKGIに向けては、実現のハードルが高いし、もしかしたら出世に響くかもしれないと思って手を上げづらい。でも、「新規事業開発に自発的に参加した人の数」というKPIなら、別に死ぬ気で手を上げる必要もないので、増えやすいじゃないですか。

要するに、常にかなりの人数の従業員を巻き込めるKPIというものを設定しないと、実はKGI達成に向けての変化も起きないんですよ。例えば月に一回、女性管理職比率を追う意味があると思いますか。

井登:そうそう数値として動かないものなので、何の変化も起きないですね。

田中:変化ゼロですよね。半年に一回だって厳しい。普段はそういう高止まりしたり、変化がないものを経営戦略のKPIに置くことはありませんよね。問い合わせ率など1ヶ月、2ヶ月の範囲でも改善に向けた工夫ができる指標をKPIとして立てるのに、なぜか人事領域になるとピクリとも動かないKPIを追いがちです。

そもそも応募者数や面接人数で測れる採用は別として、これまで人事領域ではあまりKPIを立ててこなかったんじゃないでしょうか。先行指標となるKPIをきっちり会社ごとの課題に即して設定すると、変化につながることは、私も最近わかってきました。

井登:変化する指標を設定すべし、というのは面白い観点ですね。それが先行指標にないと、結果的に新規事業が生まれたり、女性の管理職比率が増えたりしてこない。

田中:結局、何かいっぱい数字を並べても、今の現状を説明しているだけでは価値がないんですよ。社員も株主も知りたいのは、「将来どうしたいから、今こうして頑張る、ここを克服する」ということでしょう。ちゃんとリターンがあるものを追わない限り、変化につながらない取り組みになってもったいないです。

KPIを切り替えるべきタイミングとは?

井登:適切なKPIを置いたうえで、その指標をどのくらいのスパンで変更していくかについては、どう考えていけばいいんでしょう。

田中:KGIはそうそう変えちゃいけないと思います。変えてはダメというより、そもそも短い期間で見直すものではないので、あらかじめ数年単位で目指すことを豊富に設定したほうがいい。一方で、KPIのほうは3つ、4つぐらいで良くて、かつ1年に1回くらいは洗い替えしたほうがいいと思っています。

たとえば、製造業でよくあるのが、R&Dによる成果が非常に重要なのに、考える時間があまり取れないという悩みです。そこでも「無駄な業務を断捨離して、〇%業務時間を改善する」というKPIを立てれば、R&Dに向き会う時間が増えることにつながる。会社全体で見たら何万時間も増えますから、そのKPIはめちゃくちゃ動く指標になります。

ただ、そうしたKPIにも限界はあって、ほぼ100%にはならない。だから、ある程度まで達成したらOKとして、次の変化に向かえばいい。KPIはこまめに切り替えて、KGIはあまり切り替えないという形で考えるといいのかなと思います。

井登:KPIの変動が少なくなってくるタイミングが、KPIを変更したり、見直したりする時期の見極めポイントになるんですね。

田中:そうですね。ハーバード大学の社会学者であるロザベス・モス・カンターが、「黄金の3割」理論というのを提唱していて、グループ内の30%の人が変わると、不可逆的な、後戻りできないカルチャー変化が生まれると言っています。僕の実感もそれに近い。会社の中で3割を超える人が手を上げ出すような変化があると、俺も俺も、私も私もと、付いてくるフォロワーが増えます。

だから、実は過半数の51%までは目指さなくて良くて、だいたい2、3年で3割ぐらいの社員が行動変容している、変化を実感をしているという状態を狙えば、あとはバタバタっと進むと思います。会社が本当に変わるときのパワーというのはものすごいので、そこにいたるようにうまくKPIを設定したり、洗い替えしたりすれば、あとは自然とゴールに向けて変化しやすくなると思っています。

井登:田中さんが個人的にユニークな着眼点だと感じたKPIの例は、他にもありますか?

田中:僕のお客さんの例で、「課長になりたい率」というのがありました。今は課長になりたい人、要するに管理職になりたい人って、めちゃくちゃ少ないんですよ。おそらく上場企業でも、20%ぐらいじゃないでしょうか。

今は「サクセッションプラン」が流行っていて、選ばれし社員の教育に熱心ですけど、そもそも後に続く人の層の意欲が崩れている。「管理職罰ゲーム」と言われるほどに、中間管理職は上からも下からも詰められる可哀想な立場だというイメージが広がっています。だから、KPIに中間管理職のエンゲージメントスコアを置いたり、課長になりたい率を置いたりして改善しないと、サクセッションプランを進めてもうまくいかなくなる。

経営は常に5年先、10年先を見すえて、後に続くパイプラインをいかに確保するかという観点も重要じゃないですか。ところが、こと「人」の話になると、なぜか途端に「賃上げしていけば、大丈夫じゃないか」といった乱暴な話になってしまう。僕はマーケティングのように、人事領域でも科学的なデータが取れるようになってきているんだから、もうちょっと丁寧にやるべきだと思いますね。

井登:実際に課長になりたい人を増やすことは容易ではないかもしれませんが、視点はシンプルですよね。後に続く人がどれだけいるかを測って、改善していくという。

田中:そうです。僕は「管理職=つらい立場」という認識には大きな誤解があると思っています。たいていの場合、課長がエキサイティングな仕事で、大変ではあっても面白さもある役割であることを伝えようとしていない。しかも、今の上層部にいる人の多くは、「俺の背中を見てついてこい」というマネジメントをずっと受けて来た世代なので、現代的な課長のイメージがないんですね。その方たちに対しても、「今はこんなふうになっているんです」と教えてあげれば、相互理解が進んで罰ゲーム化しなくなる。管理職については、全員が誤解しているだけなのかなと思います。

制度設計のカジュアルさが「シラケない」ムードを生む

井登:適切な指標、うまくモチベーションを喚起するコミュニケーションに加えて、制度設計も重要ですよね。制度の存在は、チャレンジしてみようというきっかけにもなります。

田中:最近、面白いなと思った制度は、スキルが追いついていなくても、短期留学するようにカジュアルに部署異動できる制度です。「今の部署やジョブが自分に合っていないんじゃないか」とか、「あの部署の業務をやってみたい」とか、社員の志向に応じてお試しの部署異動をできるようにして、その数を追っている会社がありました。

このカジュアルさが良いですよね。「合いませんでしたので、戻ります」が許されるなら、トライしてみようと思える。最初は絶対にうまくやれると思っても、いざ異動したら合わないことだってありますよね。だから、人事の制度やKPIはとにかくカジュアル、なんならちょっと笑っちゃうぐらいが良いと思います。

井登:かしこまって慎重になると、人は動けないですからね。社員が失敗したくない気持ちになって、盛り上がらない、意欲を出してくれない状態は、組織において最も避けたいことのはずです。あえてカジュアルな制度設計や、笑っちゃうような表現にすることで、「うちの会社は、何を言ってもいいよね」というムードをつくれると良い。

田中:そうですね。人事制度の好例として、サイバーエージェントさんの取り組みがよく話題になりますけど、CHO(最高人事責任者)の曽山哲人さんもネーミングはすごく重要だとおっしゃっています。

僕は曽山さんから、「シラケのイメージトレーニングをする」と教えていただいたことがあります。このネーミングだと、女性社員は盛り上がっても、男性社員はシラケないかなといったことを常に考えるそうです。これは、先ほどのKPIの話に通ずるところがあると思っていて。要するに多くの人が使ってくれない限り、どんなに優れた人事制度も絵に描いた餅になって意味がない。いかにカジュアルにいろいろな人を巻き込めるよう設計できるかが、企業にとって価値ある制度になるかどうかを左右します。

井登:個人の集合体である組織で、みんなが取り組みやすいKPIや、みんなが面白いと思える制度を設けて、定常的にシラケていない状態にしていくことは、これからの人的資本経営において必須ですね。

それは経営だけの問題じゃないかもしれません。セクションや個人としても、会社内の人的資本を活性化していく、組織を良い方向に持っていくKPIを個別に考えていくことも一つのアイデアな気がします。ぜひみなさんも、何が自分たちのKPIとしてふさわしいのかをトレーニングも兼ねて考えてみましょう。

前編記事はこちら
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ENVISION編集部

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