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SFプロトタイピングによる「2045年ビジョン」構想|パナソニック オートモーティブシステムズ株式会社様事例

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パナソニック株式会社のホールディングス化にともない、2022年4月にオートモーティブ事業が事業会社化して誕生したパナソニック オートモーティブシステムズ株式会社(以下、PAS)。同社より「社員のだれもが大胆に未来を描けるようになりたい」とのご依頼を受け、インフォバーンは「SFシナリオ」を用いた未来構想プロジェクトを企画・運用支援しました。

このプロジェクトでは、SF的な想像力を活用し、ストーリーの作成・検討を通じて未来予測や事業開発を思考する「SFプロトタイピング」、および望ましい未来から現在にさかのぼって取り組むべきことを考える「バックキャスティング」の手法を取り入れています。具体的には、オリジナルのSF小説の制作を通じて未来像(世界観)を描き出し、それを題材にした社内ワークショップを実施しました。

本記事では、担当者であるキャビンUX事業開発準備室の田中様、西尾様、河野様、およびインフォバーン・イノベーションデザイン事業部の辻村和正、阿部俊介に、プロジェクト概要とSFプロトタイピングの可能性についてインタビューした内容をお届けします。

写真撮影|伊藤圭
取材・執筆|木下衛(インフォバーン)

PASのメンバーが立てた「2045年社会構造仮説」とは?

――みなさんが所属されている「キャビンUX事業開発準備室(2024年4月より名称変更。プロジェクト当時は「車室空間ソリューション室」)」は、どのような役割を担っているのでしょうか。

田中:PASの大きな事業領域として、車載コンピューティングの領域と、充電などを含めた電動化に関する領域に加えて、われわれが取り組んでいる「キャビンUX事業」があります。

自動車産業はこれまで「安全・安心」を大きな価値として技術発展してきましたが、今はEVやライド・シェアが普及しているように、車への価値観や使われ方が多様化している時代です。それに対して、パナソニック グループが持つ知見を活かしながら、いかに「車室空間」における新たな体験価値を提供していくかを考えています。

パナソニック オートモーティブシステムズ・田中さん

西尾:ここでいう「車室空間」とは、必ずしも椅子が良いとか、空調が良いといったインテリア的な要素だけではなく、車を運転する人、同乗する人たちが「いかに車内で心地よく過ごせるか」という広い観点からとらえたものです。

――今回のプロジェクトは「2045年に向けたビジョン」を構想するものですが、その背景には何があったのでしょうか。

河野:これまでは自動車メーカーの要望に基づいて製品開発をしているだけでも、商売が成り立つ側面がありましたが、これからはそうはいきません。車のあり方が大きく変わりゆく時代にあって、PASが価値ある存在であり続けるためには、自ら積極的に提案していく必要があるという認識がまず念頭にありました。

そうしたなかで事業会社として独り立ちしたのは、「パナソニックという名前を冠して、オートモーティブ事業を営む私たちは何者なのか」を明らかにしていくべきタイミングでもありました。

パナソニック オートモーティブシステムズ・河野さん

西尾:パナソニックは創業時から「人々のくらしを豊かにする」ことを使命として事業を拡大してきました。車を所有していても実際に乗るのは1日2時間程度とも言われますが、パナソニックは24時間の「くらし」に寄り添ってきた。自動車メーカーからも、われわれは「生活全般を知っている存在」としての視点を期待されているところがあります。その強みを発揮する面でも、PASならではのビジョンを明確化する意義がありました。

田中:そこから実際に、われわれメンバーで調査・議論して「2045年社会構造仮説」というものを立てていました。これはマクロトレンドを読み解いて未来社会を考察したもので、その未来を「2045年」に置いたのは、創業者・松下幸之助が提唱した「250年計画」からです。

幸之助には、壮大な時間をかけて世界を良くしていこうという想いがあって、25年を1節とした10節から成る計画を立てています。その1節25年も、さらに準備・開発する10年、実装していく10年、それが社会で実を結ぶ5年という3つの期間に分かれます。最後の実を結ぶフェーズまでに20~25年かかることを踏まえて、2045年を節目として設定しました。

オリジナルの「SF小説」から未来を探索する

――そこからインフォバーンにご依頼いただいた経緯を教えてください。

田中:これまでの延長線上ではなく、「こうありたい」という未来像を考えたうえで、その実現に向けてどう投資していくか。要するに、従来のフォアキャスティング(現在を始点に未来を考えていく思考)に加えて、バックキャスティングの思考を取り入れることで、より強いPASのビジョンを探索していきたいと考えていました。

そこでそのノウハウを持って伴走してくれるパートナーを探すなかで、出会ったのがインフォバーンさんでした。当時、パナソニック グループの別の部門が、インフォバーンさんと一緒にデザインの手法を使ったプロジェクトに取り組んでいた縁があり、紹介を受けました。

辻村:最初にご相談を受けたのは2022年の秋口でしたが、その際に「2045年社会構造仮説」にもとづいた絵をお見せいただきましたよね。これは予想した2045年の人々の暮らしを一枚の絵で表現されたものです。そこから特定のシーンを抜き出して「物語化」することによって、事業領域やその周辺領域の未来像を検討していくのはどうか、と議論をしながら固めていきました。「SF小説をつくる」ことによって未来を探索する、いわゆる「SFプロトタイピング」ですね。

インフォバーン・辻村

田中:パナソニック グループ全体でバックキャスティングを取り入れる機運が高まっていたので、社内的にもこの「SF小説をつくる」というプロジェクトのアイデアに否定的な話は一切なかったです。ベースに社員のマインドセットの変革を置きつつ、その先に新たな事業アイデア創出や業務プロセス確立を狙う、といった説明をしていました。

――実際にSF小説を制作するにあたっては、どのように進めましたか。

辻村:最初に「移動」の定義について議論しましたよね。

西尾:そこで「未来の移動は『車ありき』ではない」と話し合いましたね。どこかに出かける、誰かに会いに行く手段としての「移動」を考えれば、飛んでいくとか、足が速くなるとか、そうした変化も起こりうる。

パナソニック オートモーティブシステムズ・西尾さん

辻村:もちろん最終的には、事業領域やその周辺で起きることを考えるのは重要ですが、ビジネス視点に立ちすぎるとソリューション思考に陥って、短期的な事業アイデアの話に流れてしまう傾向があります。バックキャストを用いるには、その一歩手前で、そもそも未来はどういう世界になっているのかという、「世界観」を想像することが大事です。

田中:最近よく聞かれる言葉でいうと、「問いのデザイン」に近いですよね。前提として共有できる問いをつくれば、その解決策や困りごとの特定はみんなで議論していけます。すぐにそれらしい答えを出そうとする前に、「問い」を考えることが重要なのではないかと。

――そこから3つのSF小説が誕生したわけですが、一見すると「移動」とは関係がなさそうなテーマの作品もあります。その意図も含め、制作上で工夫されたことはありますか。

阿部:小説の執筆自体はプロのSF作家さんにお願いしましたが、依頼する前にわれわれでテーマやあらすじは設定していました。PASがリサーチしていた情報や関連情報を分析し、小説で具体化すべき特徴的な事象を抽出して議論するなかで、「ほそはや植物」「超人スパッツ」「どこでも憑依」という3つの「シンボル(作品のモチーフ)」にたどりつきました。議論の広がりや妥当性という観点で考えると、作品で描かれる世界がありきたりでも良くないし、ありえない未来でも良くない。バランスの良い世界観をつくるうえで、このシンボルのユニークさが拠り所になりました。

インフォバーン・阿部

西尾:シンボル作成にあたっては、PASの「持続可能なモビリティ社会を実現する」というミッションも踏まえて、ソーシャルな問題も含めて「移動」を扱うべきというスタンスは大事にしていましたね。

田中:最終的に、遺伝子組み換えツリーの話、人の歩行能力が向上した話、人格データをAI活用する話の3つのSF小説になりましたが、いずれにも未来の移動に関わる大きな問いを潜ませておくことは意識していました。

たとえば、今のEVの流れは二酸化炭素の低減という大義のために進んでいますが、他の手段で解決できたら「移動」の向かう方向も変わるはずですよね。あるいは、今の自動車は基本的に整えられた道路しか走れませんが、人は車と違って泳げるし、登れるし、下れる。身体機能が拡張したら、いろいろな動きができる人間と、単一機能しかない乗り物との関係性は変わります。AIの進化については、すでに自動運転にも影響をおよぼしていますが、そこには倫理的な問題があり、今後ますます大きな問題として直面することが予想されます。

辻村:そうした点は、かなり作為的に考えていましたね。社会的なテーマを主題にしながら、いかに未来におけるPASの事業との潜在的な接続ポイントを忍ばせるかは、PASのみなさんに絶妙に導いていただきました。

小説の細かい内容自体は、作家という「物語で伝えるプロ」の手を借りることで、読み手が没入できる作品に仕上がることを期待していたので、テーマやアウトラインはお伝えしつつも、かなり作家さんの発想に任せてご執筆いただきました。

――出来上がった原稿を最初に読んだとき、率直にどんな感想を抱きましたか。

河野:私は素直に感動しました。私たちが立てた設定がベースにあっても、未来世界でどういう人がどのように生きているのか、ディテールまでは想像できていませんでした。それが作家さんの手によって、人と人との会話や自然の情景が生き生きと描写された小説になることで鮮明になった。作品にしていただけて良かったとポジティブな気持ちになりましたね。

西尾:私も最初に読んだときに、世界観がパーッと頭の中に浮かんできました。「ああ、考えていた未来はこうだったのか」と。プロの作家さんはすごいなと感心したのは、すごく勉強されていますよね。「この時代にはこうなっているんじゃないか」と、われわれが考えつかなかったことまで、どんどんストーリーに入れ込んでくれました。SF作家の想像の膨らませ方を知れたという意味でも、読んでいて面白かったですね。

「未来」は立場を超えて語り合えるツール

――そこから完成したSF小説を用いて、どのようにワークショップを実施されたのでしょうか。

辻村:参加者にはワークショップの前に、小説を読んで未来像に対する評価や自分の意見を固めておくホームワークに取り組んでいただきました。それをインフォバーンがまとめたうえで、当日のワークショップに臨みました。

阿部:ワークショップで重要視したのは、小説で描かれた未来を自分事として考えていただくことでした。そのためには今の自分ではなく、「未来の自分」が小説を読んだときにどう思うか、という視点を持っていただこうと考え、最初に「2045年の自分の姿」をプロファイリングしてから、小説に向き合っていただく進行を取りました。そうしたプロセスを挟んだことで、その後のワークショップでアイデアに詰まる方もなく、活発な議論へと進むことができたと思います。

――ワークショップには経営層だけでなく若手社員も一緒に参加したそうですが、それはなぜでしょうか。

田中:「今」をリードしている経営層と、「2045年という未来」をつくっていく若手を混ぜて議論することで、自分事化された現在と未来の視点が交錯するんじゃないかと考えました。

もう一つは、レイヤーに関係なく対話できる題材というのは、実はなかなかないんですよね。でも、未来については誰もが平等に語り合える。普段、接点があまりない両者を「SF小説」を介して重ね合わせてみようというトライアルな意識がありました。だから、若手の参加メンバーも、なるべくいろいろな部門から募りました。

阿部:実際のワークショップでも、立場に関係なく「これはいいんじゃない」「もっとこうなってそうだよね」と闊達に議論されている雰囲気が印象的でした。

河野:私も若手側の一人として参加したのですが、経営層に提案するような場面はあっても、同じ目線で話すことはなかなかないので、良い機会になりました。ワークショップの最後には、一人ひとりが「宣言シート」という形で日常業務の中で何をしたいかを発表し、自分の想いを伝え合えたこともすごく良かったなと。

田中:宣言にすることで、その言葉に対する責任を多少なりとも意識するように変わりますよね。ひいてはマインドが変わっていく。この宣言シートは後日、社内のイントラにも載せたのですが、「あっ、この人はこんなことを考えているんだ」と、参加しなかった人も見られるように残したいという考えもありました。

――ワークショップを終えてみてのご感想をお聞かせください。

河野:なかなか普段、立ち止まって未来のことを考えることはないので、その意味でも貴重な機会になりました。あと、私自身もPAS社内のあらゆる部署の元気な若手に出会い、刺激を受けました。同僚同士が知り合う場にもなったと思います。

田中:最初は「2045年社会構造仮説」を一枚の絵としてまとめていましたが、絵は答えをイメージしてしまう点で、個人的に「問いかけ」としての意味はないと思っていました。その点、文章は自分で行間を読んで想像で補完する必要があるので、より自分事化できるし、イメージが膨らみます。そのことは実際にやってみて、あらためて実感しましたね。

辻村:確かに絵と文章で違いは大きいですね。ある会社で絵を使ったケースでも、あえて解釈の余白を残すために、カラーでビビットな絵は描かずに白黒にしました。文章は誰でも読めるだけでなく書けるものなので、感想や解釈を読んだあとにまた小説で書き返すような取り組みも、SF小説の使い方として面白いかもしれません。

発想したビジョンをどう事業アイデアにつなげるか?

――今回のプロジェクトでの試みを経て、感じられた課題や展望はあるでしょうか。

田中:ワークショップを開催してみて、ぜひ自分も参加してみたいという人は、経営層にも現場の社員にも現れています。ただ、やはりSFプロトタイピングは抽象度が高いものなので、そこから発想してどう具体的な事業に結び付けていくかは、さらに考えなくてはいけないところですね。

河野:その課題に関連して、ワークショップ後に3つのSF小説それぞれの解説書をインフォバーンさんに作成いただきました。小説世界ごとの良さや課題、人々の悩みごと、PASとの接点などをまとめたものですが、それがあることで事業アイデアとの橋渡し的な役割につなげていければと考えました。

辻村:ずっとSFプロトタイピングをしていても抽象度が高いままになってしまうので、いずれはより事業に近い具体的な議論へと持ち込む必要はありますよね。SF小説を通して飛ばした発想から、引き戻してバックキャストするときに、こうした解説書の存在はその手引きになると思います。

――プロジェクト全体を通して、インフォバーンはどのような存在でしたか。

河野:インフォバーンさんは、寄り添う力がすごく高い。私たち自身ですら明確に言語化できていない要望も真摯に聞いて、どんどん具体化していただきました。特にPASでは前例のないタイプのプロジェクトだったので、パートナーとして伴走いただけて安心感がありました。

辻村:ありがとうございます。外から第三者的な意見を伝えることも重要ですが、中の人にしかわからない事情もあります。デザインのプロセスとしても、すべてを完全に引き取ってしまうのは違和感があります。もちろん仕事上の受託関係はありますが、プロジェクトとして協創的に進められたことは、こちらとしてもありがたかったです。

西尾:部署ができて以来、われわれはビジョンにまつわるミッションも負っていたのですが、まだまだ自己流で動いているところがありました。特にプロのSF作家さんとの創作など、完全に異文化・異分野の領域でのプロジェクトでしたので、インフォバーンさんからそこでのプロの動きというものを教わりました。

田中:未知のものに対して、一緒にプロセスからつくっていただけることが非常に心強かったですよね。それと、辻村さんを筆頭にインフォバーンさんは最先端のデザインにも精通されているので、会話についていくのが大変だったところがあります(笑)。これは悪い意味ではなくて、外部のパートナーさんの多くはこちらに合わせてくれますが、それだと自分たちが学ぶことが少ない。お付き合いするなかで、こちらまで引き上げられる関係性というのは、非常に大切なものだと感じていました。

辻村:いやいや、逆に僕らが田中さんたちに必死についていくシーンも多々ありました。このプロジェクトには、阿部も含めてインフォバーンの若いメンバーも参加しましたが、みなさんのおかげで彼らも成長できました。

田中:阿部さんは基本に忠実で、プロセスを設計したら必ず試されているじゃないですか。思いついたものをぶっつけ本番でやるのではなく、自分たちのなかで一回噛み砕いて、「だからこうなんですよ」と確信をもって提案していただける。非常に頼もしかったし、その姿勢からわれわれも良い影響を受けました。

阿部:本当にありがたいお言葉です。

――最後にPASの展望をお聞かせください。

河野:2024年4月から、「移動×居心地」で「移ごこち」という新たな会社のビジョンを発信しています。「移ごこち」といっても、それぞれが思う「移ごこち」は多種多様で、一人ひとり違うものですよね。

未来の世界で生きる人たちにとっての「移ごこち」を考える際に、今回のプロジェクトで構想した未来やビジョンは、さまざまな想像を膨らませる助けになると思っています。そこから、どういう体験を設計すべきかを探って、より具体的にアイデアに落とし込んでいきたいです。

――ありがとうございました。

ENVISION編集部

変化の兆しをとらえ可視化することをテーマに、インフォバーンの過去から現在までの道のり、そして展望についてメンバーの動向を交えてお伝えしていくブログ「ENVISION」。みなさまにソーシャル・イノベーションへの足がかりとなる新たな視点をお届けしてまいります。