UX戦略の国際会議「UX STRAT Europe」参加レポート
こんにちは、インフォバーンの井登です。
先日当コラムで情報アーキテクチャに関する国際会議「IA Summit2015」のカンファレンスレポートを書かせていただいたばかりではありますが、近い時期に出席したもうひとつのユーザーエクスペリエンス(以下UX)戦略に関する国際会議「UX STRAT Europe」のカンファレンスレポートをお届けします。
普段は狭いエリアの中をウロウロしているぼくですが、今年の春から初夏にかけては偶然自身の専門領域に関するカンファレンスが集中して各地で開催されたため、慌ただしくあちこちにお出かけさせていただきました。
今回も所感程度のレポートではありますが、ご笑覧ください。
初めて欧州で開催が実現した意味
今回レポートさせていただく「UX STRAT Europe」は、6月4日〜5日の2日間、アムステルダムで開催されました。
そもそも本カンファレンスは2年前に米国アトランタで初めて開催された若いカンファレンスで、元々はLinkedInのコミュニティからボトムアップ型で実現したものです。参加者もビジネス・デザイン双方の領域の専門家が集い、「UX戦略」をテーマに話題提供や事例紹介、議論が行われる活発なカンファレンスです。
2年前に米国アトランタで初開催され、昨年第2回のボルダー開催大会に続き、今年はまたアトランタで3回目の開催が予定されていますが、UX戦略をテーマにした議論や研究、実践の盛り上がりを受けて、米国開催大会とは別のローカル・スピンアウト型のカンファレンスとして、今回初の欧州開催が実現しました。
ぼく自身も「UX戦略」については個人的に最も関心があるテーマなので第1回開催から欠かさず参加していますが、今回は欧州での開催ということで特に期待をもって参加しました。
どういう期待かと言うと、知り合いの専門家仲間からの意見として聞くにつけ、米国よりも欧州の方がサービスに関する考え方や顧客への価値提供についての姿勢など、日本にも近い部分があり、今後参考にし得ることも多いのではないかと感じている点です。
さまざまな議論が行われた中で個人的に注目したトピックは以下、3つあります。
1.多様性への適応と組織論としてのUX戦略
欧州と一言で行っても、当然ながらその中には数々の国や文化が存在し、その中で企業は製品やサービスを思考し、顧客に提供しています。
米国での開催大会もUX戦略が重要視され、浸透し、機能するためには行き着くところ「UX戦略のための組織論」になることが増えてきましたが、今回の欧州大会も同様に多くのスピーカーによってその点に関して論じられていました。
しかし、米国での話題提供や事例以上に、各ステークホルダー(社内の、であることが多い)にUXやデザイン思考の重要性を理解してもらったり、それらによる事業貢献への期待を確信してもらう。その上で主体的にチームの一員となって、ともにUX戦略推進に手を貸してもらうための具体的なアプローチや説得の仕方、などがより具体性をもって紹介・議論されていた点が特徴に感じました。
いまや世界中のグローバル企業がそうなってきつつあるとはいえ、こと欧州においては市場も、自社の仲間も含めてより多様であり、そういった多様性を尊重することが大前提となっている証でもあるのでしょう。
この点については、欧州委員会(European Commission)で首席UXストラテジストを勤めるAnnie Stewartや、経営管理システム(ERP)のグローバルベンダーであるSAPでデザインと共創イノベーションの責任者をつとめるAndreas Hauserらが語っており、内部のステークホルダーを巻き込み、目標を1つにそろえていく活動において、顧客=UserとしてのUX戦略はもとより、社内のステークホルダー=Userととらえた参加設計が重要で、それはいうなればインターナルなUX戦略とも言えるのではないか?という提言にとても共感しました。
2.データ指向
前述、1つ目のトピックで触れた社内ステークホルダーへのUX戦略の浸透にあたって、関与者をConvinceする目的でさまざまなデータを根拠に議論されているという点。
製品のインターフェイスデザインの刷新によって得られたビジネスへのインパクトや、Webサイトの再設計による経済効率の向上、UXの見直し前後でのユーザー行動の変化を定量的に収集比較するなど、プレゼンテーションのみならず、会期中に3回行われた“Break Out Discussion”と呼ばれる少人数に分かれて行うディスカッションの場でも、「組織にUX戦略を浸透させるには?」「自社がデジタルトランスフォーメーションを実現するために必要なことは?」などの話題提供に対し、幾度となく参加者からは「1にもデータ、2にもデータ、すべてデータで語ることだ」という意見が多数出ていたことは、昨今日本でも論じられることではありますが、それがより実践・浸透されている感じ。
多様性に適応していきつつも、ブレない指標として最大限データ化していこう、という努力を重ねる欧州の現状を垣間見た気がしました。
3.UXとCXの意識区分
そして3つ目は、UXにおいてユーザーに提供すべきと考える価値提供範囲の定義について。
私感ではありますが、米国や、ましてや日本に比べ、欧州では”UX=User eXperience”という言葉と、“CX=Customer eXperience”という言葉を意図的に使い分けているように以前から感じています。
論調として感じるのは、CXは企業のアイデンティティや広義の意味でのサービス全体をその範囲としてとらえたホリスティックな経験価値の提供指針で、UXはポジショニングとしてCXの範囲の中に位置し、製品や具体的な意味でのサービスを顧客中心発想で定義されるもの、という考え方であるという意識区分。
この考え方を少し荒っぽく解釈すると、CX戦略は一昔前でいうブランディングに該当し、UX戦略は製品・サービス戦略そのものに該当するという流れになってきているのではないか?というのがぼくの所感です。
加えて、UXは特にデジタルの領域における経験価値を広く網羅的に扱うものとして議論されており、今後ますます企業(製品・サービス)と顧客の接点はデジタル化していくことは明白でしょう。このことを視野に入れ、英国に拠点をおくインターフェイスデザインコンサルティング企業Nomensaの代表であるSimon Norris氏は、徐々にUXの時間的概念が拡張していくという概念をCustomer Lifetime Value(CLV)と提唱します。「デジタルはすべてのファンクショナルチームを横断する」として、UXはデジタル全体を扱うからこそ、すべての事業戦略的はUX戦略的(UX Strategically)に適応していくべきだ、とも主張しています。
(下図参照)
体系化、浸透しつつあるUX戦略
カンファレンス自体は過去2回の米国開催と同様か、それ以上に参加者同士の距離が近く、適宜持たれるブレイクタイムやディスカッションの場では積極的かつ気さくな議論と交流が促されていて、そしてなによりアムステルダムの美しい町の景色もあいまって非常に親密でリラックスした素晴らしい体験がデザインされていたことも、とても好感のもてるものでした。
初めてUX戦略をタイトルに冠したカンファレンスが開催された2年前には、「UX戦略」という言葉自体の定義もまだまだ今以上に曖昧で、ビジネスとデザインの領域の融合が重要である、というような原始的な議論が中心であったけれども、今となっては、それはもう当然という論調となっていて、多くの専門家はそれらを一層体系化し、実践・浸透させ、そして価値を産み出していくというフェーズに目を向けて取り組んでいる、という流れの早さに関心すると同時に、焦りも感じました。
そして、UXや戦略は企業における製品戦略と同等の意味をもち、顧客接点のデジタルシフトがますます加速する中で一層企業が一丸として取り組むべきものであるという重要性が高まっていると考えると、日本国内の市場においても早急に取り組むべき考え方であるということをよりいっそう確信できた良いカンファレンスであったと感じています。
併せて、UXやUX戦略という言葉は単なるバズワードや、魔法のような手法論では決してなく、企業がユーザーや生活者、ひいては社会に提供すべき本質的な価値を考えぬき、最良の関わり方を模索するための持続性を伴った地道な姿勢であるということも実感できました。
それではまた次回のコラムでお目にかかりたいと思います。
ごきげんよう。